連載

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2018年9月号 No.501

かわいい土木 鋼をコンクリートに替えた“ゾウの滑り台”風アーチ橋

日本人はすでにあるものをアレンジして新たなものを生み出すのが上手いと言われる。木曽川に架かる大手橋は、鋼アーチ橋の一形式である「ローゼ桁」を鉄筋コンクリートに替えた「鉄筋コンクリートローゼ桁」。その誕生には、一人の土木技術者の信念と英断があった。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


私が幼少のころ、児童公園にはたいてい、コンクリート製の動物たちがいた。クマ、カメ、座り込むラクダ。パンダはまだ来日していない(笑)。ゾウやキリンやタコは、長い鼻や首、脚を生かして滑り台になっていたりしたものだ。
長野県・木曽福島の大手橋を見た瞬間に思い出したのが、この「ゾウの滑り台」だ。アーチのてっぺんから端へ向かってなだらかに下ってくるカーブといい、平らになった終点といい、どっしりした存在感といい、雰囲気がよく似ている。
だが、素朴で愛嬌たっぷりの外見とは裏腹に、この橋の誕生には、一人の土木技術者の信念に裏づけられた技術との格闘があった。

“ゾウの滑り台”を思わせるなだらかな曲線が大手橋の魅力。コンクリートローゼ桁は一時期、日本各地に広まった。なかでも発祥の地である長野県内には最も多く、1960年代までに33橋が架けられた。

塗装が剥げたままの鋼橋を見るに忍びない

1936年に完成した大手橋の設計者は、土木官僚であった中島武。27歳で長野県に赴任した中島は、ここで「鉄筋コンクリートローゼ桁」という前例のない橋梁型式を開発する。
ローゼ桁はアーチ橋の一つで、コンクリート橋ではなく鋼橋、つまりスチール製の橋の構造として考案されたものだ。これをコンクリートで作るには、複雑な構造計算が必要になる。
コンクリートという素材自体、本格的に使われるようになって間もなく、1931年に「鉄筋コンクリート標準示方書」が土木学会によって制定されたばかり。施工品質にもバラツキが見られた。
数々のリスクを負いながら、中島がコンクリートにこだわったのはなぜか。
この時代は二つの大戦の戦間期で鋼材が不足し、その節約が叫ばれていたことが理由の一つであることは間違いない。しかし、中島の論文を読むと、それだけではなかったことが分かる。
当時、財政難により既設の鋼橋の塗り替えができない自治体が続出していた。中島は「ペイントがまったく剥離して赤錆(あかさび)色に覆われたる橋梁の次第に増加し行くさまを見て寒心に耐えぬ」と嘆く。そして、「コンクリート橋は鋼橋に比べて架設費がずっと安く、橋梁の寿命は長く、しかも維持費がかからない。国家経済より考えてまことに好ましい」と主張するのだ。

大手橋の全景。幅員が約6mと狭いため、現在では外側に歩道が付加されている。

型枠をはずした瞬間感涙にむせび監督と握手

中島がコンクリートを採用したかった理由は分かった。だが、日本では鋼橋でさえ架橋実績のなかったローゼ桁をあえて選んだのはどういうわけだろう。同じ論文には「鉄筋コンクリートをもって長径間の下路橋を実施せんがため」とある。
じつは、大手橋は過去に二度も洪水で流失した経緯があった。こうした場所では、流水の妨げになる橋脚は極力減らしたい。だからこそ中島は、長径間、つまり橋脚と橋脚の間を長くできるアーチ橋が最適と判断したのだ。
ただ、アーチの上に路面がある「上路式」は、桁下に十分な高さがないと難しい。大手橋は街なかの平地に位置することから、アーチ橋とするならアーチの下に路面がある「下路式」しかない。
中島は下路式の3種、すなわち荷重を受けて曲がろうとする力に主にアーチで抵抗する「タイドアーチ」、主に桁で抵抗する「ランガー桁」、アーチと桁で均等に抵抗する「ローゼ桁」を比較検討。コンクリートでつくる場合、部材の交点が固定される「剛接合」となること、重心を低くできることなどから、ローゼ桁が最も適していると結論づけた。
しかし、理論上、計算上は確信を持っていた中島も、大手橋の工事でコンクリート型枠と支保工(仮設の支え)をはずす瞬間には、かなり緊張したようだ。このときの様子を後に「たわみを計測しながら見守り、設計どおりできたとわかったときは、橋の下で感涙にむせびながら現場監督と握手した」と語っている。大手橋の後、中島は長野県内に5橋のコンクリートローゼ桁を架設した。
洪水が多い、鋼材が手に入らない、維持管理費も出ない――。誰も手を付けていない技術に切り込み、山積する問題を解決した中島武。すさまじいまでの技術者魂が、ドボかわいいゾウの姿を借りて、今も木曽川の急流を見下ろしている。

側面にはコンクリートに凹みが施されている。重量を軽くするのが目的だが、意匠性にも配慮している。

両側のアーチをつなぐ横構。下辺の曲線もおだやかだ。


アクセス

JR中央本線木曽福島駅から徒歩約15分。車の場合は伊那ICから約40分。

 

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