かわいい土木

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2024年4月号 No.557

品川沖の船を導いた九段坂の高灯籠

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社)、本連載をまとめた『かわいい土木 見つけ旅』(技術評論社)


皇居の北の丸に面した九段坂公園に、和洋折衷の意匠をもつ不思議な塔がある。明治維新後、幕末の志士たちを供養するために建てられた高灯籠(常燈明台)だ。皇居内濠の北側に位置するこの灯籠は、品川沖を航行する船を導く灯台の役割も担っていたという。そんなに遠くまで光が届いた理由を探った。

句会に参加するため、月に一度、九段下駅から市ヶ谷方面へ歩く。そのたびに目にする古くて小ぶりな塔が、ずっと気になっていた。巨大な灯籠とうろうのようでもあり、灯台のようにも見える不思議な塔だ。だが、いつも「遅刻しそう」とか「まだ句ができてない」といっては急ぎ足で通り過ぎるばかりで、なかなかじっくり観察する機会がなかった。

今回、改めて行ってみると、やっぱり不思議。和と洋のテイストがごちゃ混ぜになっているし、用途もよく分からない。いったい何なのだろう、これ。

金の擬宝珠ぎぼし風見かざみが付いた
和洋折衷の石の塔

塔の基壇(下部)は自然石の乱石積みで、スカートのように下へ向かって開いている。寺院の鐘楼でよく見る「袴腰はかまごし」の形で、雰囲気は純和風。ところが、方形の袴腰の上に載っているのは、きれいに整形したレンガ型の切石を八角円筒に積んだ塔だ。中世ヨーロッパの城の塔を思い出させる。

その上の木枠にすりガラスがはめられた部分は、明かりをともす灯室だろう。八角形の屋根の縁には、唐草模様を切り抜いた金属板がめぐらされ、エキゾチックな印象を醸している。さらにユニークなのは、屋根の天辺に置かれた擬宝珠のような金色の装飾と、「東西南北」という漢字の方位盤が付いた風見、つまり風向計だ。

純粋な灯籠ならば、風見は必要ない。やはり灯台なのか。しかし、私が知る限りでは、江戸時代の和式灯台に風見は付いていない。明治期に建てられた西洋式灯台にはたいてい付いているので、この部分は洋式と言っていいだろう。

北の丸公園にある日本武道館の“金の玉ねぎ”こと擬宝珠と、風見付きのこの塔の擬宝珠を並べて写真に収め、一人悦に入る。

▲日本武道館(左)の通称「金の玉ねぎ」と、高灯籠の擬宝珠の競演。

帝都復興事業で削られた九段坂の本来の姿は

塔の下に案内板があった。それによると塔の名称は「高灯籠(常燈明台)」。1871年(明治4年)に、東京招魂社しょうこんしゃの灯籠として設置されたものだという。招魂社は、明治維新の戦乱で命を落とした志士や兵士を祀った神社で、靖国神社の前身だ。

だが、それよりも私が驚いたのは、「品川沖を出入りする船の目印として、東京湾からも望むことができ、灯台の役目も果たした」という案内板の記述だ。

地図を確認すると、ここから品川まで直線距離で8kmはある。いくら周囲に高層ビルのない明治初期のこととはいえ、たかが灯明台の光がそんな遠くまで届くものなのか。この塔は、西洋式灯台のように光を増幅するレンズも持たず、高さもそれほど高くはないのだ。

その謎を解く鍵は、地形にあった。高灯籠は現在北の丸公園側にあるが、当初は靖国通りを挟んで反対側の靖国神社前に建てられた。ちょうど「九段坂」の頂点にあたる高台だ。

当時の九段坂は「急坂」として知られ、坂上に立つ高灯籠と合わせて東京名所になっていたという。標高は坂下で約6mなのに対し、坂上では約24mあり、かなりの高低差があったことが分かる。高灯籠の高さ約17mを合わせると、坂の上にある光源は、標高40mを超えていたと思われる。

だが今の九段坂は、急いで歩いたときの息の切れ方で登り坂と気づく程度の緩やかな坂だ。急坂と言われても実感が湧かない。

じつは、関東大震災後の帝都復興事業の一環として、坂を削って勾配を緩やかにする工事が行われていたのだ。高灯籠はこのとき現在地へ移設され、灯籠のあった道路北側の地中には、インフラのケーブルや管をまとめて格納する「共同溝」が設けられた。

260年以上も続いた江戸時代が終わり、日本が近代国家として歩み始めた明治維新。高灯籠は、その激動の時代に生まれ、東京に大打撃を与えた関東大震災と第二次世界大戦の震災・戦災を生き延びてきた。もう東京湾からその灯火を見ることはできないが、今も夜ごとに静かな光を放ち続けている。

▲皇居の北の丸公園側から見た高灯籠。裾が末広がりになった「袴腰」の基壇の反りが美しい。基壇は、全国の名石をセメントで固めて築いたと言われる。設計者は不明。

▲八角形の屋根には、冠のような唐草模様の装飾が施されている。方位盤は漢字。

▲自然石の乱石積みで方形の基壇から、切石積みで八角円筒の灯室へ切り替わる。

▲東京オリンピック・パラリンピックに向けて2020年にリニューアルオープンした九段坂公園の全景。中央奥から高灯籠と品川弥二郎像、大山巌像が並ぶ。

 

●アクセス

東京メトロ・都営地下鉄九段下駅から徒歩約3分

 
 

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