かわいい土木

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2024年2月号 No.555

洪水からまちを守るロボット顔の水門

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社)、本連載をまとめた『かわいい土木 見つけ旅』(技術評論社)


織田信長ゆかりの岐阜城のある金華山の麓に、ロボットのような顔をした愛くるしい水門がある。土木構造物の印象的なデザインが、それがつくられた背景と必然性、地域の防災の歴史などへの興味と結びつくことは、「土木の広報」の観点からも意味深い。

離れ気味のクリクリした丸い目。四角く小さなおちょぼ口。ピンと尖った三角の両耳――。岐阜城のふもとに位置する忠節用水分水樋門、通称「ロボット水門」は、どう見てもかわいい。これを「かわいい土木」と呼ばずして、いったい何をそう呼べばいいのか。

じつは、私はこの水門は最近つくられたものだと思っていた。ところが、1933年の竣工時の写真を見ると、丸い目とおちょぼ口は今と同じ。ファニーフェイスは生まれつきだと知った。

この水門は、用水路へ流れ込む水量が増えすぎたとき、余水を放水路へ流して洪水を防ぐために設置されたもの。見た目の愛くるしさだけでなく、じつは地域にとって重要な役割を果たし続けているのだ。

▲ロボット水門を横から見たところ。操作室は1992年の改修工事で取り替えられたが、デザインは踏襲された。

長良ながら川の水の恵みを受けつつ
洪水に苦しめられた歴史

ロボット水門のある忠節用水は、長良川から取水し、この地域を網目のように流れて耕地を潤した後、再び長良川へ排水する用水路だ。岐阜の城下町だった当地は、古くから長良川の水を引いた用水路が発達していたとされる。『岐阜市史』によれば、忠節用水の名が歴史に登場するのは、江戸時代の1653年に描かれた絵図が最初だという。

一帯は濃尾のうび平野に位置する。北側を長良川、南側を木曽川が、それぞれ東から西へ向かって流れ、両大河に挟まれた域内に境川、荒田川、論田川、大江川などの支派川と、これらに注ぐ多くの小河川が流れる。こうした地理的な条件に加え、夏は季節風の影響で雨が多いという気象条件が重なり、昔から水害に悩まされてきた地域だ。ふだんは長良川へ自然流下する用水路や中小河川の水も、ひとたび長良川の水位が上がればとたんに排水できなくなり、城下町を水浸しにしてしまうのだった。

国は木曽川・長良川・揖斐いび川の「木曽三川さんせん」など主な川とその支派川の水害を減らすため、1922年度から「木曽川上流改修工事」に着手した。

▲岐阜県岐阜市を流れる長良川。ロボット水門のある忠節用水は、長良川から取水し、長良川へ排水する用水路だ。

複数の樋門の連携プレーで水量を適切に調節

ロボット水門は、木曽川上流改修工事の一環として1931年に始まった「忠節用水改良事業」によって建設された。このとき同時に、取水口がそれまでよりも約2.5km上流の現在地に移されるとともに、放水路と主要な用水路、網目状の水路、分水樋門などが整備された。取水口を移動したのは、木曽川工事に付随して長良川も改修されたことで、取水口付近の河床が下がり、十分な水量が確保できなくなったからだ。

改良後の忠節用水では、長良川の水はまず金華山の麓の第一樋門(取水口)から取り入れられる。取水量が多すぎるときは、ロボット水門近くの分岐個所にある第二樋門を閉じて用水路への水を減らし、ロボット水門から放水路へと余水を排出する。一方、放水路の先には「逆水樋門」が設けられ、長良川の水位が上がったときに、放水路へ逆流するのを防ぐようになっている。

▲ロボット水門の全景。水面に映った顔もまたかわいい。ステンレスの“耳”は装飾ではなく、ゲートを上下させるシャフトの突出部分のカバーで、1992年の改修工事で取り付けられたものだという。

▲ロボット水門と同時期につくられた第二樋門。壁は玉石張りで、川原石が埋め込まれている。

▲忠節用水と放水路の分岐地点。用水は左側の第二樋門を通って灌漑に使用される。余水は右の水路の先にあるロボット水門から放水路へ流される。

ロボット顔をきっかけに水防の歴史に思いを馳せる

それにしても、戦前、昭和初期の設計者は、なぜ水門をロボット顔にデザインしたのか。土木学会誌2019年11月号では、この水門を管理する岐阜市の担当者が「ロボットをイメージして設計されたわけではありません」と話している。四角い操作室に円窓を2つ並べたら、たまたま“顔”っぽくなったのだろうか。

たとえ偶然の産物でも、地元では「ロボット顔」ですっかりおなじみだ。織田信長ゆかりの岐阜城がある金華山に近いことから、観光のついでに立ち寄る人もいるようだ。幼少時にここを訪れた子どもが学校で木曽三川と治水の歴史を学んだとき、ロボット水門のことを思い出し、その重要な役割に思いを馳せる。もしかしたらその子は、土木技術者を目指してくれるかもしれない。

 

●アクセス

JR岐阜駅からバスで15分ほどの長良橋停留所下車、徒歩3分。

 
 

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