名建築のつくり方
薄い鉄板をどうつなぎ合わせた?
A アンサー 1. 重なりしろに鉄の鋲を打ってつないだ |
横浜市中区の大さん橋ふ頭に、2002年に完成した「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」。設計者はアレハンドロ・ザエラ・ポロ氏とファーシッド・ムサビ氏によるfoa(フォーリン・オフィス・アーキテクツ)だ。
2人は1995年に実施された国際公開コンペで当選した。磯崎新氏やレム・コールハース氏が審査委員を務めた注目のコンペ。国内外から660件の応募を集めた。選考の最終過程には篠原一男や妹島和世氏も残ったが、当選したのは日本では全く無名の2人だった。
しかし、彼らの案には誰もが目を丸くした。床、壁、天井の境目が分からない。どこまでも連続していく自由曲面は、コンピュータを使った建築の未来を予感させた。だが、これは本当につくれるのか、と皆が思った。
実際、コンペ案の実現は困難で、プロジェクトは何度か中断した。コンペ時には1999年3月の完成予定だったが、実際に施設が開業したのは約3年遅れの2002年6月だった。
当初案はカードボード構造
コンペ後に日本の現代建築研究所、構造設計集団SDG、森村設計が加わった設計チームが構成され、実現性を高めるスタディが重ねられた。難航したのは構造。コンペ段階で協力したオーヴ・アラップ&パートナーズは「カードボード構造」を提案していた。ダンボール紙の断面のように、鉄板を波状に折りたたみ、両側から鉄板で挟んだ構造だ。
構造設計集団SDGの渡辺邦夫(1939~2021年)はこれを疑問視した。渡辺はこう振り返る。「コンペ案は、従来の建築のように柱や梁で支えるのではなく、上階の床をうねらせて下階の床につなげることで上部から基礎まで力を伝達させるという空間構成をしていて、その斬新性に驚きました」。一方で、「カードボード構造という1方向にしか力が伝わらない構造では、床が自由にうねってそれが次から次へと力を伝達させる構造にはならないと考えたのです。それで、別の方法の検討を始めたのです」と言う。
要は、2枚の板(フランジ)の間をどう構成すると合理的につくれるかという問題だ。渡辺らは、一般的なラチス(ジグザグ状の構造)でつなぐ案や、ハニカムでつなぐ案などを提案。しかしfoaの2人はイメージと違うと感じていた。そうした中で、foaから「下面の鉄板をはがして、フランジ間の構造を折板構造にしてはどうか」と提案があった。
コンペ案では天井も曲面だったので、下面の鉄板をはがすと折板のギザギザが表に現れる。見え方の印象は変わるが、2人は「鉄板を折り曲げて構造体にすること」を重視した。
火薬の爆発力で鋲を打つ
渡辺らが計算してみると、折板構造であれば薄い鉄板で構成できることがわかった。ただし、薄い鉄板を通常の方法で溶接すると、鉄板が変形してしまう。そもそも折板構造は、鉄筋コンクリート造という“一体鋳造”で用いるからうまくいくものなのだ。
さまざまな方法を調査する中で見つけたのが「ヒルティ鋲」だった。火薬の爆発力を利用して、鉄板に鋲を貫通させる方法だ。鋲打ち機で打つ4.5㎜径の鋲1本に1.5トンの剪断耐力がある。建築では、仕上げパネルなどの2次部材を止めるのに使うことがあるが、構造部材に用いることはまずない。ここでは、それが最も合理的という結論に達した。
ちなみに途中過程で検討したハニカム案では、鉄板の接合に接着剤を使う選択肢もあった。だが、今回のような大規模構造物には向かないという判断で断念した。
コンピュータを駆使した曲面を職人が鋲を打って仕上げる──。そうしたプロセスを渡辺は、「人間が本来もっている技とコンピュータの力が合わさらないとコンピュータ建築はできない」と総括する。いかにAIが進化したとしても、それは今後も変わらないのかもしれない。
参考文献・資料:
「新建築2002年6月号、建設通信新聞「横浜市公共建築100年 第37回 横浜港大さん橋国際客船ターミナル」(2022年10月5日)
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