名建築のつくり方
洞窟のようなゴツゴツ壁、どうやってつくった?
A アンサー 1. 土を掘った穴を型枠にした |
建築は、「洗練」と「力強さ」の間を振り子のように振れながら進化を続けてきた。1人の建築家の中でも、その振り子は大きく振れることがある。
石上純也氏の近作「House & Restaurant」(山口県宇部市)は、まさにそんな建築だ。石上氏といえば、出世作の「レストランのためのテーブル」(2003年)や、日本建築学会賞作品賞を受賞した「神奈川工科大学KAIT工房」(2007年)、ヴェネチア・ビエンナーレのインスタレーション「Architecture as air」(2010年)など、繊細さを極限まで突き詰めた建築で世界を驚かせてきた。
2022年春に宇部市に完成した近作は、逆のベクトルで見る者を驚愕させる。「House & Restaurant」という名称は雑誌での発表名で、実際は「maison owl」というフレンチレストランだ。“洞窟レストラン”と呼ぶ人も多い。石上氏が友人のオーナーシェフの依頼で設計したもので、住居を併設している。
現地で驚くのはまず、外観が見えないこと。建物は鉄筋コンクリート造・地上1階建てで、擁壁により1階分ほど高くなった敷地に、掘り込まれる形で立っている。前面道路からは全く見えない。擁壁に上がると突然、アメーバのような白い屋根面が目の前に広がる。
そして、建物本体が周囲の斜面と同じ土色であることに驚く。表面はゴツゴツ。「昔からここにあるような建物に」という建て主の依頼が、想像を超える形で実現している。
上部躯体の後に基礎を打つ
これをどうつくったのか。設問の三択の中では、(3)の「3Dプリンターを用いて型枠を使わずコンクリートを打設した」が一番石上氏らしいように思える。が、現在の技術ではここまで大きなものは難しい。型枠は使った。だが、普通の合板の型枠ではない。答えは(1)の「土を掘った穴を型枠としてコンクリートを打設した」だ。
敷地は約1000m2。大きくは西側が住宅で、東側がレストラン。間に中庭がある。全く不規則な形にも見えるが、構造的にはベタ基礎の上に大小のアーチが多方向に広がる形となっている。
これを反転させた穴を掘り、「土型枠」にする。まずは、躯体の3次元データを基にレーザー光線の立体座標でポイントを決める。穴の深さは3mほど。柱の径が小さい部分には重機が入らないため、ほとんどが手掘りだ。掘る穴によっては、1人しか入れない狭い箇所もあった。
掘った穴を型枠として、中に鉄筋を組み、コンクリートを打設する。コンクリートは約450m3。コンクリートが硬化したら、型枠となっていた土をかき出す。その後、下部に配筋を組み、ベタ基礎を打った。
穴に合わせてガラスを切断
表面のゴツゴツは、穴を掘ったスコップの痕跡だ。土のように見える色は本当の土。石上氏は当初、コンクリートの表面を高圧洗浄して、岩のような建築にすることを考えていたという。だが、土をかき出した躯体を見て考えが変わった。そこには、敷地の地層が写し取られていた。表面を軍手でこすり、ある程度まで土を落とした後、コーティング剤で土を定着させた。
現地を訪れると、原始的な力強さとともに、石上氏らしい繊細さも感じる。理由の1つは造り付け家具だ。カウンターや洗面台なども現場打ちのコンクリート製。躯体のゴツゴツとは対照的な、工業製品のような平滑さに唖然とする。
もう1つの理由が開口部のガラス。計35か所のガラスはすべて1枚ものだ。不整形な開口部の形を3次元スキャンし、ガラスを正確に切り出してはめた。11枚は開閉式で、中央上下のヒンジを軸として回転する。こんなガラス加工があるのかと、そこで最先端を感じさせるところが石上氏らしい。
参考文献・資料:
『日経アーキテクチュア』2008年3月24日号、同2022年8月11日号、『新建築住宅特集』2020年7月号、同2022年5月号
【冊子PDFはこちら】