特集
建設現場×安全
寄稿2
基本ルールを守り続ける現場をつくるためには
ヒューマンエラーを踏まえる
労働安全衛生総合研究所 建設安全研究グループ 部長
高木 元也
最近、建設会社の安全大会のテーマに、「基本ルールをいかに守り続けるか?」を掲げるところが増えています。それは、「基本ルール」が定められているにも関わらず、これが守られないことによる災害があまりに多いことが理由のひとつにあげられます。
本稿では、建設現場の労働災害防止のため、基本ルールを守り続ける現場をつくるためにどうすればよいか、ヒューマンエラーの原因となる人間の特性を踏まえながらみていきます。
最近は繰り返し災害ばかり
皆さんにまずお伝えしたいのは、最近の労働災害はほとんどが“繰り返し”ということです。例えば、トンネル内の作業では、一酸化炭素中毒による労働災害が繰り返し発生しています。平成28年には、11月にトンネル内での補修作業中に作業者8人と救助者1人の計9人が被災、その翌月も同作業中に4人被災(うち1人死亡)、さらに翌29年にも、10月にトンネル内の清掃作業で3人被災(うち1人死亡)、わずかその4日後にも、トンネル内につながる作業用通路で3人被災しています。いずれも発電機の不完全燃焼が原因です。わずか1年余りで4件、計19人が被災という一酸化炭素中毒による重大災害が後を絶ちません。なぜ、トンネル内の濃度測定、十分な換気などができなかったのでしょうか。
このように最近の重篤な災害は、「なぜ、これができなかったのか」と悔やむものばかりです。しかし、どれほど悔やんでもその事故が起きる前に時間を戻すことはできません。
繰り返し災害の防止には
では、繰り返し災害の防止対策をどのように考えればよいのでしょうか。
まずは安全設備面の対策です。作業員が安全帯を使おうとしなくても、そこに手すり、落下防止ネットがあれば墜落災害は起きません。しかし、日々刻々と作業内容が変わる建設現場では、何から何まで安全設備面の対策を行うことは難しいのが現状です。
このため、それを補うための基本ルールを定め、それを守り続けることがとても重要になります。
基本ルールが守られないのはなぜか?
現場には様々な基本ルールがあります。しかし実際には、「(重機の作業半径内は立入禁止ですが)中に立ち入っても平気さ」と、危険が軽視され、基本ルールが守られないことが少なくありません。
なぜ基本ルールは守られないのでしょうか。
面倒だから
その原因として、まずあげられるのが「安全帯をかけたりはずしたりするのは面倒だ」などの「面倒だから」です。このようなルール違反者には、厳しい指導が必要ですが、一方で、効率的に物事を進めようとする人間は、本能的に面倒なことをしたがりません。このため、面倒なことを取り除く対策も必要になります。
早く終わらせるため
次が「早く終わらせるため機械を停めずに修理する」など、「早く終わらせるため」です。ただ、「早く終わらせるため」に起きる不安全行動は、現場にとって“よかれ”の時が多々あります。このため、基本ルールを守らなくても、現場は「しかたがない」というムードに陥ることがあります。しかし、それではいけません。
そもそも基本ルールを知らない
「基本ルールを知らない」ことも少なくありません。例えば、電動丸ノコ作業は、軍手は巻き込まれやすく、はめてはいけませんが、それを知らずに「軍手は手を守ってくれる」と誤った判断をすることがあります。
1人が守らないとすぐに伝染する
「1人の作業員がどうしてもヘルメットをかぶらない。どうすればよいか」との質問に、皆さんはどのように答えますか。この場合、“どうすればよいか”の前に、どのような悪影響を及ぼすかを考えなければなりません。たった1人の不安全行動が、現場全体にすぐに伝染します。「基本ルール、わかっているが守らない」と暴走してしまうおそれがあります。
基本ルールが守りにくい状況もある
現場では、基本ルールを守りたくても守れないことがあります。
安全に注意し続けることは難しい
つまずき転倒することを防止するための基本ルールに「足元注意」があります。しかし、人間の注意力には限界があり、作業に集中すれば、足元に注意し続けることは困難になります。
反射的に動くことがある
人間は瞬間的に1点に集中すると、反射的に行動することがあります。例えば、はしごを昇る作業者が、腰の道具袋から工具が落ちそうになった瞬間、反射的に落下する工具をつかもうと右手に集中するあまり、はしごを握っていた左手を離して墜落。信じられない災害です。工具なんか後で拾いにいけばよいではありませんか。しかし、ダメなのです。人間は反射的に動いてしまうのです。
このため、基本ルール「はしごは手に物を持たず、しっかり握る」と定めても守れないことがあるのです。
疲れてくると
人は疲れてくると、注意力の低下、判断力の低下を招き、基本ルールが守れなくなることがあります。
このように守りたくても守りにくい状況があることを十分に理解し、現場の基本ルールを再点検し、いつでもどこでも守り続けられる基本ルールとすることが重要です。
優先的に守るべき基本ルールは、繰り返す死亡災害から学ぶ
まず、これだけは必ず守るという基本ルールを選び、それを守る現場にすることに全力を尽くします。それができたら次に進む。このような段階的な取り組みが求められます。
これだけは必ず守るというものは、過去に繰り返し発生している死亡災害を参考にします。平成26年の土木工事の死亡災害データを基に、それを撲滅するための基本ルールは下のとおりです。わずか24の基本ルールを守り続ければ、その年の土木工事の9割超の死亡災害が撲滅できるのです。
おわりに
いかがでしたか?ICTの活用が目覚しい今日でも、つり荷は落ち、手に持つ資材も落とすことがあり、作業に集中すれば危険に気づくのが遅れます。人が作業している以上、このようなヒューマンエラーは今後も必ず出てきます。
このため、ヒューマンエラーが発生しても、それを災害につなげないためにはどうすればよいか真剣に考えなければなりません。最近の死亡災害はほとんどが繰り返し災害です。限られた基本ルールを守り続ければ、ほとんどの死亡災害が撲滅できるはずです。基本ルールをしっかり定め、それを一徹に守り続ける現場を作ることが、今強く求められています。
土木工事の安全基本ルール24
基本ルール 1 運転席から離れる時は、エンジンを切る
基本ルール 2 誘導なしではバックしない
基本ルール 3 運転中、重機作業半径内には立ち入らない
基本ルール 4 坂道では車止めをする
基本ルール 5 重機を路肩付近で作業させる場合、監視人、誘導員等を配置する
基本ルール 6 バックホウの斜路移動では、安定を損なう操作をしない
基本ルール 7 切土掘削では、落下物のおそれがある場所は立入禁止にする
基本ルール 8 法面では、自走式草刈り機を使用しない
基本ルール 9 緊急事態にあわてないよう事前に訓練を行う
基本ルール 10 立木の伐倒では、360度危険エリアに誰も立ち入らせない
基本ルール 11 公道上では作業帯の外で作業をしない
基本ルール 12 つり足場上では、親綱・安全帯等を使用する
基本ルール 13 急斜面では、いかなる時でも墜落防止対策を怠らない
基本ルール 14 施工中の構造物に倒壊のおそれがあれば、倒壊防止対策を講じる
基本ルール 15 “空気の流れ”がない空間では、硫化水素中毒、一酸化炭素中毒、酸欠などを常に疑ってかかる
基本ルール 16 宿舎の防火管理を怠らない
基本ルール 17 運転中の機械は、必ず停止させてから触れる
基本ルール 18 クレーン作業ではつり荷が定格荷重以内か確認する。アウトリガーを十分に張り出す。
基本ルール 19 クレーン作業を正しく行う(正しい作業方法:ワイヤーは2点づり、荷振れ防止に介錯ロープをつけ、地切りをしっかり行うなど)
基本ルール 20 いかなる理由でも、つり荷の下には入らない
基本ルール 21 掘削深さに関わらず、地山の監視を怠らない
基本ルール 22 「建設現場で交通事故があまりに多い」ことを忘れずに安全運転に努める(対策:あわてない、スピードを出し過ぎない。荷を積み過ぎないなど)
基本ルール 23 電動丸ノコの切断作業は、作業台を使用する
基本ルール 24 過去の災害を教訓とし、熱中症対策に万全を尽くす(対策:WBGT値が28℃超では厳戒態勢をとる。暑さに慣れるまでの期間を設ける。自覚症状の有無に関わらず定期的に水分・塩分を取る(20~30分に1回、カップ1~2杯の水と適度な塩分など)
資料:高木元也「みんなで守って、繰り返し災害ゼロ! 現場の基本ルール」 (清文社、2018)