かわいい土木

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2022年2月 No.535

大井川の曲流をしのばせる湖上駅

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP   社刊、共著)


印象的なその景観から、「不思議な駅」「秘境駅」などと呼ばれ、人気上昇中の大井川鐵道奥大井湖上駅。この絶景の成り立ちには、大井川の電源開発の歴史が関わっている。ダム建設のための専用鉄道と、太古からの急流の蛇行がつくり上げたダイナミックな地形との絶妙なコラボレーション。

湖を一直線に貫くトラス構造の赤い鉄橋。その中間の半島状の山の斜面に、ぽつんと小さな駅がある。大井川鐵道井川線の奥大井湖上駅だ。

かわいい。これほどかわいらしい景観は見たことがない。この連載では、かわいい土木構造物を見つけては「ドボかわいい」と称して愛でてきた。しかし、ここは駅や橋といった構造物単体ではなく、周辺と一体になった景観全体がドボかわいいのだ。

ダム湖に沈みかけた廃線のトンネルや橋も

「湖上駅」というだけあって、まさに湖のただ中にぽっかり浮かんでいるかのような奥大井湖上駅。もっとも、駅といっても、あるのはトラス橋の一部に見えるホームだけで、駅舎と呼べるものはない。もちろん無人駅だ。

ホームから斜面を少し上ったところに山小屋風のカフェがあるものの、ほかには林の中に遊歩道が続くばかりで、集落の気配はない。人が住んでいないところに、なぜ駅があるのだろう?

じつはこの駅、観光用につくられた駅だという。

奥大井湖上駅が開業したのは、1990年のこと。国土交通省の長島ダム建設に伴い、井川線の旧路線がダム湖に水没することになり、対岸のより高い位置に線路を付け替えることになった。それが現在、「奥大井レインボーブリッジ」と呼ばれている冒頭のトラス橋を通る線路だ。

そしてこのとき、旧路線側の崖の上から絶景が見渡せることもあって、観光客のための駅が設けられた。実際に、この景観がテレビや雑誌で紹介され、秘境駅の観光スポットとしてじわじわと人気が高まっているらしい。駅のホームからは、対岸の水面すれすれに、廃線のトンネルや橋も見える。

▲橋の真ん中あたりにある奥大井湖上駅。

水力発電のダム建設のために敷設された専用鉄道

井川線の歴史は、静岡県を流れる大井川の開発史と深い関わりがある。大井川は、江戸時代から「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と恐れられた大河。多雨地帯である南アルプスの雨を集めることから、水量が多く流れが急だ。

このため早くから水力発電の適地として注目され、明治後期には電源開発が計画された。この当時の水力発電は、川から直接水を引く「水路式」だった。

昭和初期になると、ダムを築き、貯水した水による「ダム式」の水力発電が本格化する。コンクリートダムを建設するには、骨材やセメント、鉄筋、大型重機など莫大な量の資機材を山中へ運ばなければならない。当時の大井川電力は、資機材を運搬するために、専用鉄道を敷設した。

やがて戦後の高度成長期になると、逼迫ひっぱくする電力需給に対応するべく、中部電力はさらに上流に井川ダムの建設を計画。同社は大井川電力時代の専用鉄道を15km延伸し、工事の効率化を図った。しかし、峡谷を縫うように進むために多くのトンネルや橋が必要になり、ダム建設の準備段階であるこの延伸自体が、大変な難工事だったという。

井川ダムが完成して2年後の1959年、資材運搬の役割を終えた専用鉄道を大井川鐵道が引き継ぎ、旅客営業を開始。これが井川線の始まりとなった。井川線は、井川村の人々にとって貴重な生活の足となるとともに、温泉や景勝地への観光客にも役立った。

▲長島ダムのダム湖である「接岨湖せっそこ」をトラス橋が一文字に横切る。
大井川の流れが崖を深くえぐってできた穿入蛇行せんにゅうだこうと呼ばれる地形だ。

大井川のダイナミックな曲流がつくり出した景観

一方、流域は長いあいだ洪水に悩まされてきた。そこで国は1972年に、直轄事業としてダムによる洪水調節を行う方針を打ち出し、長島ダムの計画を発表。治水だけでなく、上水道・農業用水・工業用水の利水も行う多目的ダムだ(ただし、発電には使われない)。

井川線の付け替え事業も、水没地域に対する補償工事の一環として、国が行ったものだ。

長島ダムの完成は2001年。奥大井湖上駅の足元に広がる「接岨せっそ湖」は、このダムによって生まれたダム湖だ。名称は、以前の地名である「接岨峡」にちなむ。「岨」という漢字は、崖や絶壁を意味する。

大井川は、四国の四万十しまんと川と並ぶ曲流河川(曲がりくねって流れる川)でもある。奥大井湖上駅がある半島のように突き出た部分は、川がU字型に蛇行した内側の頂点だったのだ。

湖上駅とレインボーブリッジの織りなすドボかわいい景観を形作ったのは、長い年月をかけて大蛇のようにのたうち、崖を深くえぐった大井川だ。そう知ってから眺めると、メルヘンチックな駅のたたずまいとダイナミックな地形の対比がいっそう鮮やかに胸に迫ってくる。

▲奥大井湖上駅は、ダム建設に伴う線路の付け替えによって1990年に開設。

▲「南アルプスあぷとライン」の愛称で呼ばれる井川線。

▲駅には鉄橋に併設された歩道を渡って出入りする。湖の上を歩いて渡るのは最高の気分だ。

 
■アクセス
大井川鐵道奥大井湖上駅へは、千頭駅から約1時間。
駅から展望スポットまでは徒歩で鉄橋を渡り、急坂を登って15分ほど。
 

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