かわいい土木

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2024年6月号 No.559

進駐軍も遊んだアーチ式砂防ダム

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社)、本連載をまとめた『かわいい土木 見つけ旅』(技術評論社)


スキー場や温泉で知られる新潟の玄関口、越後湯沢。ここに、日本で最初期に建設されたアーチ式砂防堰堤がある。「大源太キャニオン」と呼ばれる天然の渓谷を利用した、小ぶりでドボかわいい砂防ダムだ。古くは戦国武将の上杉景勝、戦後には湯沢に進駐していたアメリカ軍兵士たちも遊んだという湖を訪ねた。

カットしたバームクーヘンのような形の堤体の上を、豊かな水が滝となってこぼれ落ちていく。新潟の越後湯沢駅から車で15分ほどのところにある「大源太川第1号砂防堰堤」だ。

砂防堰堤は土砂を受け止めるダムのことで、渓流の上流につくられる。せき止められた土砂が溜まって満砂状態になれば、上流の川幅が広がり、川の勾配が緩くなって流水の力が弱まることから、下流の洪水や土砂災害を防ぐ効果が期待できる。

大源太川第1号砂防堰堤は、一級河川魚野川の支川「大源太川」に位置する。1935年(昭和10年)、豪雨により魚野川上流域で山崩れを伴う大氾濫が発生し、南魚沼郡に大きな被害をもたらした。この「魚沼大水害」をきっかけに、国は直轄砂防工事に着手。その一環として大源太川に計画された3基のうち最初につくられたのが第1号砂防堰堤で、1939年(昭和14年)に完成した。

小さくても本格派!
日本最初期のアーチ式砂防堰堤

この砂防堰堤のドボかわいいところは、堤体の構造が「アーチ式」であることだ。アーチダムというと、「クロヨン」こと黒部ダムのような雄大な景観が思い浮かぶが、このアーチ式砂防ダムは堤高18mと、黒部ダムの10分の1ほどしかない。当時の砂防ダムとしては大型の部類に入るとはいえ、巨大な貯水ダムと比べたらかなりコンパクト。小さなアーチがとてもチャーミングなのだ。

アーチ式の堰堤は、重力式など他の形式と比べて堤体積が少なくてすみ、材料コストが節約できる経済的な形式といわれる。しかし、その実施例は決して多くはない。国土交通省の湯沢砂防事務所のウェブサイトによれば、「アーチ式砂防堰堤の事例は全国で100基に満たない数」だという。

その理由は、「適地」が少ないからだ。アーチ式は、堤体にかかる土砂や水の力を両岸で支える構造のため、両岸が硬い岩盤でなければつくれない。その点、ここは深い谷で、両岸の岩盤も良好。しかも、堰堤の計画地はもともと谷が狭まった地形で、上流には大量の土砂を溜められる平地が開けた適地だった。

さらに、堤体のつくり方には、「粗石そせきコンクリート構造」と呼ばれる構造形式が採用された。表面に間知石けんちいし(四角錐形の石材)を積み、内部に川底の石を詰めて隙間にコンクリートを流し込む。まだ高価な材料だったセメントの使用量が少なくてすむ方法だ。

大源太川第1号砂防堰堤は、日本で最初期に完成したアーチ式砂防堰堤として2003年に登録有形文化財、2011年には土木学会選奨土木遺産になった。だが、完成から80年以上たって老朽化が指摘され、2020年に「腹付けコンクリート」による補強工事が完了。既存の堰堤の上流側に、厚さ3mのコンクリートを打ち継ぎ、厚みを増して堤体を安定させる工事だ。

▲大源太湖から流れ落ちる水は、「四十八滝」と呼ばれ、第1号砂防堰堤から何段もの滝を形成している。

戦国武将の舟遊びと
米兵たちのボート遊び

この砂防堰堤の上流には大源太湖と呼ばれる湖があり、下流には四十八滝と呼ばれる滝の流れがある。一帯は「大源太キャニオン」と呼ばれ、グランピングもできるキャンプ場などを備えたネイチャースポットとして人気だ。

現地の案内板によれば、大源太湖は古くは野尻ケ池と呼ばれ、上杉景勝をはじめ代々の上田城主が舟遊びをした場所だという。大源太川第1号砂防堰堤は、その野尻ケ池を利用して建設されたわけだが、大源太キャニオンがレジャー施設としての歩みを始めたのは、戦後のこと。湯沢町に進駐していたアメリカ軍が砂防堰堤の水抜き暗渠を塞ぎ、水を貯めてボート場にしたのがきっかけだった。進駐軍が去った後に、青少年旅行村などが整備され、夏のキャンプ場として賑わうようになった。

プチかわいいアーチ式砂防ダムとダム湖を前にして、ここで戦国武将や米兵たちが遊んだのかと思うと、何だか不思議な因果を感じるのだった。

▲大源太川第1号砂防堰堤の全景。カットしたバームクーヘンを思わせる。老朽化により、堤体の厚みを増強する工事が行われた。上の吊り橋は「希望大橋」。

▲登録有形文化財記念碑に、施工中の写真が掲示してあり興味深い。

▲大源太湖のまわりを30分ほどで1周できる散策路がある。

 

●アクセス

関越自動車道湯沢ICから車で15分。
上越新幹線越後湯沢駅からバスで約25分。

 
 

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