名建築のつくり方

名建築のつくり方
2021年10月 No.532

水滴のような低ライズのドーム

A アンサー    2. 土を盛った

「名建築」は建築家の独創的なイメージだけで生まれるわけではない。エンジニアや施工者たちのアイデアや格闘があって、建築家のイメージは具現化する。

連載第一弾は“昭和の名建築”国立代々木競技場を取り上げた。今回は、2010年につくられた「豊島美術館」を取り上げたい。

アーチスト・内藤礼氏ただ1人の作品を展示する美術館だ。設計者は西沢立衛氏、施工は鹿島。西沢氏は「水滴のようなかたちの、自由曲線による建築」を設計した。

施工の最大の特色は、ドーム状の屋根のコンクリートを打設する際、通常の型枠を使わなかったことだ。敷地に土を盛って山をつくり、型枠の代わりにした。「なんて原始的な……」と思うかもしれないが、現代の技術があってこそ可能な施工方法である。

土を盛る方が施工精度が高い

建物は、約60m×40mの無柱空間。コンクリートのシェル構造で、高さは最大でも5mに満たない。

「シェル」とは「殻」のことで、貝殻のように薄い膜だけで構成される構造を指す。太い梁はなく、全体が250mmのコンクリートの板で覆われている。一般的なシェル構造は体育館のようにライズ(基準となる水平面からの高さ)が高いのが一般的だが、このシェルは普通の部屋くらいの屋根の高さしかない。加えて、設計者の西沢氏は、このシェルを「コンクリートの面が継ぎ目なく連続して見えるようにつくりたい」と考えた。

これをいかに合理的に実現するか……。施工を担当した鹿島は、検討の末、前代未聞の“盛り土型枠”を考え出した。

まず、現場に重機で土を盛って締め固め、正確に屋根の形をつくる。土は現場の土で、総容積は6000m3。土を盛ったら、表面に20mmから40mm程度のモルタルを塗る。この状態を型枠の代わりにするのだ。

曲面のコンクリートは、一般的には合板の型枠を使って打つが、その方法だと費用もかかるし、精度に限界があって数センチの誤差が生じる。ライズが低いことを利用して土を使うことにした。

土を盛ること自体は難しくないが、重要なのはイメージ通りの曲面とするための精度だ。ここでは3次元の測量システムを駆使して、約3500カ所の位置を正確に測定。モルタル施工後の誤差を±5mmに抑えた。高度な測量技術があってこそ可能な方法なのだ。

1日で全体のコンクリートを打設

土の表面にモルタルの膜が出来上がったら、そこに鉄筋を組む。モルタル面がコンクリート打ち放しの面となるため、傷をつけないよう、職人は上履きに履き替え、注意深く作業に当たった。舞い落ちる枯れ葉も毎日取り除いた。鉄筋は約150トン。配筋作業には約1カ月を要した。

続いて、コンクリート打設。「継ぎ目のない曲面」を実現するため、コンクリートは1日で打った。膨張剤入りの白色コンクリートを使用。組み上がった鉄筋に、下部から上部へを繰り返して流し込み、約24時間で打設が完了した。

1カ月ほど養生した後、重機で土をかき出す。屋根にあいている2つの穴に小型のパワーショベルを入れ、ベルトコンベアーを設置して土を外に出した。並行して、内側のモルタルを剥がす作業も進めた。土を出す作業には、6週間かかった。

その後、床のコンクリートを打って躯体はほぼ完成だ。2009年2月に着工し、2010年9月に竣工した。工期は約1年半。開催中だった「瀬戸内国際芸術祭」の終盤、2010年10月17日にオープンすることができた。

完成してからまだ10年ほどだが、数々の賞を受賞し、「平成の名建築」「21世紀を代表する傑作」との呼び声もある。

参考文献:
日経アーキテクチュア2011年2月25日号(日経BP)、新建築2011年1月号(新建築社)

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