名建築のつくり方

名建築のつくり方
2021年7・8月 No.530

理想の曲面を求め 着工後にも「新技術」

A アンサー    1.(使っていないのは)免震構造

前回、国立代々木競技場(当時の名称は「国立屋内総合競技場」)の第一体育館は、吊り橋に似た「二重の吊り構造」だと書いた。しかし、吊り橋とは異なる点がいくつかあり、それが工事の難易度を高めた。


1つは、2本のメインケーブルが平行でない点。レンズの断面のように、真ん中が開いているのだ。吊り橋のメインケーブルは平行なので、メインケーブルを張った後に、サブの吊り材(ハンガーロープ)を真下に掛ければよい。しかし、レンズ形に2本を開こうとすると、サブの吊り材を取り付けるたびに、前に取り付けた部分の設置角度が変わってしまう。

もう1つの難しさが、サブの吊り材が懸垂曲線(自然な垂れ下がり)ではない点。メインケーブル近くが急こう配で、中央付近で突然緩くなっている。懸垂曲線よりも「く」の字がはっきりした形だ。

これらの形状は、設計者の丹下健三(1913〜2005年)が強くこだわった点だった。なぜそんな形にしたのかは、記事冒頭のイラストを見てもらうと分かるのではないか。メインケーブルをレンズ形に開いたことで、中央付近の光の量が両サイドよりも多くなり、中心性が明確になる。これには換気量を増やすという目的もあった。そして、サブの吊り材は、通常の懸垂曲線よりも上昇性が強く、教会のような荘厳さを感じさせる。

鋳鋼の「土星」と吊り鉄骨が突破口

難題の1つ、「レンズ形の開き」を実現する突破口となったのは、鋳鋼(鋼鉄の鋳物)を使ったパーツだ。メインケーブルとサブの吊り材が接続する部分に「土星」のような部材を取り付けた。輪の部分が球を中心に回転することで、施工中の角度の変化に追随する。この複雑かつ繊細な形を製作するために鋳鋼を採用。建築の構造部材に鋳鋼を使用したのは世界初だった。

鋳鋼のパーツは、主柱の頂部、メインケーブルのねじれを吸収する部分(回転サドル)にも使われている。

もう1つの難題、「くの字のカーブ」に関しては、実は着工段階でも解決策が見つかっていなかった。設計段階では、網状に張ったロープの上を鉄の補強リブで押さえつける計画だった。しかし、現場(施工者は清水建設)からは「製作困難」との声が挙がっていた。

この問題は、坪井善勝(1907〜1990年)の下で構造設計を担当していた若手の川口衞(1932〜2019年)のアイデアが突破口となった。サブの吊り材をロープではなく、鉄骨でつくってはどうかという提案だ。そのアイデアを設計者・施工者で検証し、採用された。

これが決定したことで、屋根全体の施工方法が確定した。つまり、前述の鋳鋼の「土星」も、ここでようやく最終形状が決まったことになる。今では考えられないスリリングな進行だ。

風対策に制振オイルダンパーも

設問に挙げた「免震構造」は、ここでは使われていない。免震構造は地震の入力エネルギーを建物下部に設置した免震ゴムなどの装置で吸収し、柱や梁の負担を軽減する構造。考え方は古くからあったが、一般に普及するのは1995年の阪神大震災以降だ。近年は、屋根部分だけを免震化する「屋根免震」という技術も広まりつつある。

第一体育館では免震構造は使われていないが、「制振構造」は使われている。制振構造とは、ダンパーと呼ばれる衝撃吸収部材を建物内に組み込み、風や地震などの揺れを軽減する構造だ。第一体育館では、吊り屋根が風の影響を受けやすいことを考慮して、主柱とメインケーブルをつなぐ部分にオイルダンパーを取り付けた。オイルダンパーを制振装置として用いたのも、建築では初めてだった。

参考文献:
『丹下健三 時代を映した“多面体の巨人”』(日経アーキテクチュア編、2005年、日経BP刊)、『国立代々木競技場と丹下健三』(豊川斎赫、2021年、TOTO建築叢書)

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