かわいい土木

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2018年6月号 No.499

かわいい土木 急流をやんわりいなす石積みの水の階段

新緑の森林に分け入ると、山奥の渓流に突如として階段状の石積み堰堤が現れる。埼玉県ときがわ町にある「七重川砂防堰堤群」は、同県の近代砂防発祥の地。急流の水の勢いを1段ごとに和らげて、100年にわたりふもとのまちを土砂災害から守っている。素朴な自然石の「空石積み」が、周囲の風景になじんで美しい。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


針葉樹の中の林道をオフロードバイクで駆け上がる(といっても、私が乗っているのはシートの後ろだ)。深い谷の小さな橋へ差し掛かると、七重川砂防堰堤群のうち6基が並んでいるのが見えた。
清流が階段状の石積みをいくつもの小さな滝になって流れ落ちている。木漏れ日に白く照らされた護岸と、黒々と濡れた石垣のコントラストが印象的だ。「マムシに注意」の看板に少しひるみながら、橋の下へ降りてシャッターを切った。

上川橋から上流側に見える6基の階段状砂防堰堤。堤体には直径50〜70cm、1個につき重さ130kg以上の石が使われている。多くの堤体の幅は10〜15m程度。

並んで水を受け渡す「大玉転がし」方式

七重川は、埼玉県を西から東へ流れる都幾川(ときがわ)の支流。上流部の流れは急で、昔は大雨のたびに土砂災害が頻発していた。1910年(明治43年)の台風による豪雨では、一帯で350人近い死者・行方不明者を出す被害が発生。埼玉県はこれをきっかけとして、都幾川を含む3渓流の砂防事業を計画した。その中で、最初に着手したのが、七重川の堰堤群だった。
土砂災害は、大雨などで川の水が増えたときに、川岸や川底の土砂が削り取られ、水と一緒に下流へ流されることで起こる。そこで、渓流の砂防では、川岸と川底が削られるのを防ぐための「護岸」と「護床(床(とこ)固め)」、土砂を貯める「堰堤(小さなダム)」をつくるのが基本だ。
七重川砂防堰堤群も、都幾川との合流地点から上流1kmほどの間に、これらの構造物の組み合わせが階段状に数多く並び、地元では「百段の滝」とも呼ばれている。急流の水は、堰堤を1段ずつ流れ下るうちに勢いを削がれる。流れが穏やかになれば、底や岸にかかる負担も減る。
思い出すのは、小学校の運動会だ。背の高さの順に並んだ子どもたちが、紅白の大玉を頭上で次々に手渡していく「大玉転がし」。チームワークが良くなければ、たちまち玉は列をそれ、首尾よくゴールまで運ぶことはできない。
1基ずつ整列した七重川の砂防堰堤たちも互いに協力しあい、水を送りながら流れを和らげて、ふもとのまちの暮らしを守っているのだ。

林道「赤木七重線」にかかる「上川橋」。この橋の上流側と下流側に多くの砂防堰堤がある。

七重川は、県道大野東松山線の七重橋付近で都幾川に合流する。ここにも床固め工と護岸工が見える。渓流のすぐ脇に民家が建っている。

巨石をそのまま組み上げる「空石積み」の技術

七重川の砂防堰堤は、昭和期にはコンクリートでもつくられているが、私が撮影した6基を含め、初期のものはすべて石積み。コンクリートやモルタルを接着剤として使用せず、石同士を噛み合わせて積み上げていく「空石積み」の方法で施工してある。

堰堤は、モルタルなどの接着剤を使わず、石だけを噛み合わせる「空石積み」。一つの石の周りに六つの石を配置する「六つ巻き」という方法で積み上げてある。

材料は、現地の河原にある自然石を使った。堰堤の表面に見える積み石は、直径が50〜70cmほどの巨石だ。現代でもロックフィルダムなどでは現地の石を利用することが多いと聞く。ましてや重機のない大正時代のこと、すべてが人手では、1個の石を少し動かすだけでも大変な作業だったはず。極力その場にある石を生かしたいのは当然だ。
だが、手近にあるもので賄うには技術がいる。大きさも形も不揃いの巨石を急流に耐えうるほど堅牢に組み上げるには、相応の技が必要だ。そこで、石積み技術の発達した岐阜の墨俣(すのまた)町の職人が招かれ、地元の作業員に技術指導をした。
規定では、利用できるのは「1個の重さが130kg以上」の巨石。大人の男が4〜8人も力を合わせて運んだ。近くで石を調達できないときは、半割りの丸太を枕木状に並べ、上流からソリで下ろした。工事期間は1916年11月から翌年3月の寒い時期。山奥の川での工事は、さぞ大変だったことだろう。
終戦後の1947年、カスリーン台風が関東を襲い、埼玉県でも戦中の木材乱伐により荒廃した多くの山で土砂災害が発生した。しかし、七重川をはじめ砂防事業を実施した渓流はほとんど被害を受けなかったという。完成から約100年、今も堰堤群はびくともせず、たおやかに水を受け流し続けている。

七重橋の下流側には「埼玉の砂防発祥地」の石碑がある。砂防法制定100年を記念し、1996年に建立された。


アクセス

ときがわ町役場方面から県道大野東松山線を西へ進み、七重橋を右折。林道をしばらく登る。役場から車で約30分。

 

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