かわいい土木

かわいい土木
2021年3月 No.526

構造アーチと装飾アーチのギャップに萌える聖橋

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP   社刊、共著)


駅のバリアフリー化工事や大規模再開発の進む東京・御茶ノ水。2018年に長寿命化工事を終えた聖橋は、関東大震災後に架設された復興橋梁だ。どっしりとした大きなアーチと、その上に配された小さなアーチのイメージギャップが、なんともドボかわいい。今回は、橋梁技術者・成瀬勝武と建築家・山田守によるこの橋の設計をひもとく。

 ▲聖橋の下を中央線や地下鉄丸ノ内線が通過する。

神田川の谷をまたぐコンクリートのアーチ橋、聖橋。アーチ越しに地下鉄の赤い電車が横断する様子が、昔から好んで写真に収められてきた絶景ポイントだ。

聖橋のかわいらしさは、マッシブなコンクリートのボリューム感と、それに相反して小さなアーチがリズミカルに繰り返される繊細なデザインとのギャップにある、と私は思う。「気は優しくて力持ち」とか「ツンデレ」のイメージだ。

多くの人目に触れる要所には美しいアーチ橋を

聖橋は、関東大震災後の復興橋梁の一つとして、1927年(昭和2年)に完成した。復興橋梁といえば、永代橋や清洲橋など隅田川に架かる橋が有名だが、当時の帝都復興事業によって旧東京市内だけで425もの橋が建設されている。このうち聖橋を含む115橋を内務省復興局つまり国が、残り310橋を東京市が架設した。

復興局は震災復興のためにつくられた部局なので、内務省、鉄道省、大蔵省をはじめ各省庁から人材を集めて組織された。土木部長に太田圓三、橋梁課長に田中豊、課長補佐に成瀬勝武というそうそうたる土木技術者が集結するとともに、逓信省の建築スタッフも参加していた。

復興局による復興橋梁は、隅田川以西の都心部ではアーチ橋が多い。当時の橋梁技術者たちの間では、「都市の要所には、美観に優れたアーチ橋を架けるのがよい」と考えられていたからだと言われる。また、同一河川では橋梁形式を統一するという原則もあったようだ。

神田川下流の復興橋梁は、聖橋をはじめほとんどがアーチ形式だ。まだ舟運が物流の重要な役割を担っていた当時、神田川は東京有数の物流幹線だった。船の通行量が多ければ、川の中に橋脚を設けなくてすむアーチ橋は好都合であるし、船から目にする機会が多いなら美しさの点でもアーチ橋がもってこいだ。

また、橋を通る道路の重要度も関係したと見られる。聖橋は、復興計画の一貫として新設された幹線街路12号線が神田川をまたぐ位置にある。つまり、下を流れる川も重要なら、上を通る道路も重要。隅田川の復興橋梁群と並んで、まさに東京の再生を印象づける要となる橋だった。

展望を妨げない「上路式(アーチの上に路面がある)」が採用されていることからも、あたりの景観が重視されていたことが分かる。

▲聖橋の全景。両側の側径間の主桁は鉄骨だが、コンクリートで被覆し、中央のアーチと一体感を出している。
2018年に長寿命化工事が完成した。

構造の大アーチと装飾の小アーチの絶妙なバランス

聖橋のある御茶ノ水は、江戸時代に神田山の台地を切り開いて通した谷なので、本来ならば地盤がよく、両岸に足を踏ん張る形のアーチ橋には向いている。しかし、聖橋のアーチは、谷の内側の軟弱地盤に足を下ろさなければならない事情があった。

というのは、右岸側にJR中央線・総武線、左岸側には外堀通りが通っているからだ。このため聖橋は、これらの線路・道路をまたぐために両側の側径間を鈑桁、神田川をまたぐ中央径間をアーチとする複合構造で設計された。側径間は台地に乗っているものの、アーチ部の地盤は悪く、巨大な基礎と長い杭が必要となった。

本来ならば、他の形式のほうが楽に架橋できそうなこの場所に、それでもどうしてもアーチ橋を架けたい、という復興局の技術者たちの執念が感じられる。

この橋の設計を手掛けたのは成瀬勝武と、逓信省から兼務で復興局に赴任した建築家の山田守。観光情報サイトなどでは、聖橋の設計者として山田の名のみ表記されている場合もあるが、実際は山田が装飾デザインを、成瀬が構造設計を担当している。

成瀬は、橋の基礎への負荷ができるだけ少なくなるように、アーチリブ(荷重を伝達する弓なりの部材)の形を慎重に検討した。結果として生まれたのが、力強くおおらかな印象を与える中央の鉄筋コンクリートのアーチだ。施工のしやすさに配慮し、メラン材と呼ばれる鋼材を使った先進的な工法を取り入れている。また、鉄骨造である側径間の鈑桁にコンクリートの被覆をすることで、アーチリブとの一体感をもたせるように工夫した。

一方、アーチリブ上の鉛直材の頂部に小アーチを配したのは山田だ。「パラボラ(放物線)型」と呼ばれるこのアーチは、逓信省で設計した東京中央電信局の建物にも見られ、現在では山田のデザインを象徴するものとされている。聖橋の小アーチは、機能とは関係なく、ただ美しさを演出するための“化粧”だという。

成瀬による「力学的構造から生まれた大アーチ」と、山田による「芸術性を追求した小アーチ」の絶妙なバランスが、聖橋のドボかわいらしさの原点なのである。

 

▲外堀通りをまたぐ側径間部分。橋台にも小さなアーチが配されている。

▲中央線のホームにも小アーチ! 以前から謎だったが、反対側と対になっていたとは。

▲端に設けるのが一般的だった「親柱」をあえて廃したシンプルな高欄。
 
■アクセス
JR中央線御茶ノ水駅聖橋口、地下鉄千代田線新御茶ノ水駅からすぐ
 

過去の「ドボかわ」物件を見逃した方も、全部見ているよという方も、
こちらをクリック! 魅力的な土木構造物がいっぱい

  

 

【冊子PDFはこちら

関連記事

しんこう-Webとは
バックナンバー
アンケート募集中
メールマガジン配信希望はこちら