連載

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2020年7・8月号 No.520

博士の残した双子のクラウン

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP   社刊、共著)


配水塔は、水道水を高い位置へ持ち上げてから流下させることで、より遠くまで送水するための施設だ。旧渋谷町の町営水道の施設として建設された駒沢給水所には、王冠のような形の配水塔が2基並ぶ。近代水道の父・中島鋭治博士による配水塔を使った大胆な計画を紹介する。

▲三軒茶屋のキャロットタワー展望台から「水道みち」をたどった先に、配水塔が見える。
 

東京・世田谷の閑静な住宅街に突如として現れるヨーロッパの古城のような建造物。駒沢給水所の敷地内に二つ並んだ配水塔だ。遠くからは王冠のように見えることから、地元では「双子のクラウン」と呼ばれ、親しまれてきた。

1基の大きさは高さ30m、直径およそ15m。鉄筋コンクリート造の外壁には、12本の付け柱(装飾的な柱)が等間隔に配され、屋上のラインからジグザグに飛び出したその頂部には、丸い装飾灯が付いている。屋上にはドーム屋根の小さな「あずまや」がちょこんと載ってドボかわいい。

東京市に頼らず自前の水道敷設を決意

駒沢給水所は、旧渋谷町の町営上水道の施設として大正時代に建設された。

当時の渋谷はまだ東京市に編入されておらず、水道が引かれていなかった。人口増加に伴い各戸が井戸を掘った結果、湧水が枯れて水不足になり、有志によって私設水道敷設の話が持ち上がる。

これを受け、ことの緊急性を重視した渋谷町は自ら水道事業を担うべく、近くの三田用水などから取水する計画を立てて調整を進めた。ところがそのころ、東京市は水道拡張工事に着手。郊外に村山貯水池(多摩湖)をつくる大規模な拡張だ。

「これが完成すれば、うちにも水を回してもらえるのでは」と考えた渋谷町。市長に確認すると「東京市中への給水に支障を来さない範囲で」、近隣町村にも配水する予定という。それなら、単独で水道事業を起こすより得策だ。

しかし、東京市の工事が終わるまで何年もかかるうえ、その時点で市外へ配水される確証はない。市中の人口は急伸を続け、水不足は深刻で、貯水池ができても足りるとは限らないからだ。渋谷町は悩んだ末、当初どおり自前で水道を敷設する決意を固めた。

▲2基の配水塔はトラス橋でつながれており、屋上へ向かう外階段とつながっている。
現在はセキュリティー上、駒沢給水所の一般公開はされておらず、眺望を確かめられないのが残念だ。

高低差のある長距離を配水塔で解決

渋谷町は、東京をはじめ全国の水道を手がけ、後に「近代水道の父」と呼ばれた中島鋭治工学博士に町営水道の計画と設計を依頼。博士は、水量豊富な多摩川の伏流水を水源とすることを提案した。

世田谷区鎌田に砧下浄水所をつくり、そこから渋谷町まで鉄管を通して水を運ぶ大胆なアイデアだ。だが、2地点間の距離は約10kmに及ぶうえ、武蔵野台地の端を横断することから土地の高低差もあった。

そこで、博士が打ち出したのが、ルート上の高台に配水塔を設け、ポンプで水を引き上げていったん塔内部に貯めた後、重力を利用して渋谷まで自然流下させるという妙案だった。鉄筋コンクリート造の配水塔は海外にはすでにあったが、日本ではこれが始まり。留学で欧米を歴訪した博士の面目躍如だ。

渋谷町水道は1921年(大正10年)に着工し、24年に竣工。23年9月には関東大震災が起こったものの、できたばかりの配水塔は無事だった。32年に渋谷町は東京市と合併し、水道も市の水道局に移管。老朽化により99年に給水所としての機能は停止されたが、現在も非常時用の応急給水槽として使われている。

屋上のあずまやは博士からのメッセージ

さて、私が気になるのは、屋上の「あずまや」の存在だ。これと似たあずまやが、東京・西新宿の新宿中央公園にもある。中島博士が建設を指揮した淀橋浄水場の跡地だ。「六角堂」と呼ばれるこのあずまやは、浄水場の沈殿池の建設残土を盛り上げた築山の上に建てられ、ここから広大な場内を見渡せた。

駒沢給水所のある世田谷区弦巻は、今でこそ住宅が建ち並んでいるが、完成当時は一面に野菜畑が広がる郊外ののどかな丘だった。屋上からの見晴らしもよかったに違いない。

中島博士は渋谷町水道の完成を見届けた後、東京市の東近郊で荒玉水道の建設を手がけていた最中に急逝。追悼集には、水源調査のために部下とともに山中へ分け入る様子や、「技術は神聖であり、技術者は私情に駆られてことを誤ってはならぬ」と部下を諭したエピソードなどが紹介されている。旅行を好み、小鳥や植物を愛したとも記されていた。

配水塔のあずまやは装飾としての意味合いが濃く、果たして博士がそこへ登って周囲を眺めたかどうかは分からない。

しかし、全国を飛び回り、近代水道の普及に一生を捧げた土木技術者には、鳥の目で地形を読み、自然を感じる姿がよく似合う。このあずまやは、大所高所から判断することの大事さを伝える博士からのメッセージだったのではないか――。私には、そんなふうに思えてならないのだ。

 

▲「渋水」と彫られた古い境界石。
 ▲岡本隧道のある岡本公園には古いマンホールも。丸いツマミがドボかわいい。
 
▲新宿中央公園の六角堂。配水塔屋上のあずまやと雰囲気が似ている。
 
▲駒沢給水所の次に標高の高い場所は丘の下にトンネルを掘って水道管を通した。
入口に「岡本隧道」と彫ってある。
 
■アクセス
東急田園都市線桜新町駅から徒歩7分
 

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