連載

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2020年6月号 No.519

奥多摩に架かる「国道一小さい橋」

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP   社刊、共著)


東京郊外の奥多摩町にある森越橋は、橋長わずか3m。「国道に架かるものでは全国で最も短い橋」と言われる。アーチ型の欄干の下を覗けば、桁の下にも小さなアーチ。この二段重ねのアーチに、戦前の土木技術者たちのこだわりと遊び心が垣間見える。

▲山側から見た森越橋。欄干と桁の下がダブルのアーチになっている。
 

以前、土木の専門家の皆さんと奥多摩の橋梁めぐりをしたときのこと。青梅街道をずんずん進む車の中で、「今通ったのが、国道で一番短い橋ですよ」と聞いた。ええっ!? と慌てて振り向いたけれど、小さな欄干らしきものがチラリと見えただけ。それからずっと、この橋のことが気になっていた。

そして、新型コロナウイルス対策の「緊急事態宣言」が発令される少し前。東京から飛行機も電車も使わずに行ける“ドボかわスポット”を探していた私は、「そうだ、あの国道一短い橋をきちんと見てみよう」と思い立ったのだ。いざ!

青梅街道の国道昇格で「国道一短い橋」に

青梅街道をひたすら北西へ。青梅市の山あいに入ると、道は左手に多摩川、右手にJR青梅線の線路に挟まれてゆく。事前情報によれば、「国道一短い橋」は川井駅の手前にあるという。目を皿にしていると、あった! 道路の両脇に、小さなアーチ型の欄干。近づいてみると、コンクリートの欄干の端に「森越橋」と彫ってある。反対側には「昭和十三年九月成」。竣工が1938年ということは、今秋に82歳を迎えるご長寿橋だ。

橋長はわずか3m。幅員は7.5mなので、長さが幅の半分もない。このあたりには山から多摩川へ注ぎ込む沢がたくさんあり、それぞれに小さな橋が架かっている。中でも最小なのが、森越橋だ。道路から桁の下を覗くと、極小ながらもちゃんとアーチになっていた。

ただし、森越橋が「国道一短い橋」になったのは、1982年のこと。それまで東京都道だった青梅以西の青梅街道が、都心と結ぶ唯一の幹線道路として国道411号に昇格したことによる。

▲コンクリートの欄干は美しい苔に彩られ、石造のような趣を放つ。建設から80年以上がたち、欄干のアーチは鉄パイプで補強されていた。

ダム建設の計画浮上で山奥にコンクリート橋が登場

青梅街道が開かれたのは、江戸時代最初期の1606年。江戸城の建設にあたり、青梅市成木地区で産出した石灰を市中へ運ぶために敷設された。漆喰の原料となる石灰は、城を築くのに欠かせないものだった。青梅街道はその先、西は大菩薩峠を越えて山梨県甲府市まで続いている。

大正時代の初めになると、馬車交通に対応するため、道路を拡幅するとともに、勾配をなだらかにする改修が行われた。これに伴い、既存の橋の多くがかさ上げや延伸を目的として近代的な橋に架け替えられた。ただし、当時の主流は、まだ木造の橋だった。

森越橋のある川井地区に、鋼やコンクリートの橋が登場したのは昭和初期のこと。現在の森越橋も、このときに架けられたものだ。山奥の地域でありながら、木造の橋がこうした永久橋に架け替えられた時期としては、かなり早い。その理由は、東京の飲料水確保のため、多摩川上流に小河内ダムの建設計画が持ち上がり、青梅街道が資材搬送ルートとなったからだ。江戸時代の石灰とは逆方向への物流だ。

設計者の遊び心を想像させる二段重ねの小さなアーチ

それにしても、3mしかない橋の欄干や下部工を、わざわざアーチ型にする必要があったのだろうか。普通なら、シンプルな桁橋になりそうなものだ。

川井地区では同時期に、森越橋よりも大きい神塚橋、大正橋、川井橋、八雲橋などが、いっせいに鉄筋コンクリート橋や鋼橋に架け替えられた。そのすべてがアーチ橋だ。

紅林章央さんらによる論文は、大正橋を除く3橋はいずれも10〜20mほどの小規模な橋だが、それをあえてアーチにしたのは、「川井地区一帯が江戸時代からの景勝地で、多くの図画にも橋が描かれていたからではないか」と指摘する。景観への配慮から、見た目に美しいアーチ橋を採用したというのだ。

川井地区以外でも、奥多摩の大規模な橋にはすべて異なる形式を採用するなど、当時の東京府はかなりチャレンジングな取り組みをしていた。今でも、小河内ダムのある奥多摩湖周辺は「橋の見本市」として、橋マニアに人気のスポットとなっている。

しかし、この論文の調査は10m以上の橋を対象とするもので、森越橋については触れていない。しかもこの橋の周囲には、橋を観賞するような視点場もない。では一体なぜ、わざわざアーチを重ねてあるのか。

森越橋のデザインは、景観にこだわりを持つ当時の設計者たちの“遊び心”だったのではないか。あるいは、やがて大きなアーチ橋を設計することになる若手の“小手試し”かもしれない―。

歩けば数歩で渡れてしまい、車なら気づかず通り過ぎてしまうほどのドボかわいいアーチの橋。80年以上を経て、美しい緑の苔に包まれた欄干を見ていると、そんな想像が膨らんでくる。

▲道の両側のガードレールが途切れた部分に欄干が見える。長さより幅のほうがずっと広い。
 ▲欄干の四隅に橋名と竣工年が彫られている。写真は「森越橋」と読める。
 
▲手前が大正橋、奥は青梅線の大丹波川橋梁。川井地区に架かる橋はすべてアーチ橋に統一されている。
 
 
■アクセス
JR青梅線川井駅から青梅街道を御嶽駅方面へ向かい徒歩7〜8分
 

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