かわいい土木

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2020年5月号 No.518

「世界は一つ」を 今に伝える五輪橋

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP   社刊、共著)


東京2020オリンピック・パラリンピック大会の開催が、来年7月に延期された。世界人類は今、力を合わせて新型コロナウイルス感染症を乗り越えようとしている。戦争が終結し、ようやく開催にこぎつけた64年東京大会のスローガンは「世界は一つ」。東京・原宿の「五輪橋」は、親柱に戴いた地球儀で、この理念を表現している。

▲五輪橋の4本の親柱の頭部には、地球儀があしらわれている。背後には代々木競技場の屋根が見える。
 

橋の両端に立つ、合わせて4本の親柱。

それぞれが頭上に、うやうやしく地球儀を戴いている。橋名板には「五輪橋」あるいは「ごりんばし」。1964年に開催された前回の東京オリンピックのとき、さまざまなインフラ整備の一環として架けられた道路橋だ。

地球儀が表現しているのは「世界は一つ」というメッセージ。当時、全国から寄せられた36万通の中から選ばれた64年東京大会のスローガンだ。「スポーツを通じて文化や国籍などの差異を超え、理解し合うことで、より良い世界の実現に貢献する」というオリンピックの理念を受けたものだ。

64年東京大会へ向けた東京大改造の一環

五輪橋の場所は、JR原宿駅のすぐそば。橋の下にはJRの線路が見える。橋を渡ると、国立代々木競技場は目と鼻の先。丹下健三の設計による巻き貝のような屋根が特徴的だ。

64年大会の開催に向けて、東京では都市の大改造が行われた。まず、主な会場が都心の神宮・代々木地区と世田谷の駒沢などに分散していたことから、選手や観客、大会関係者が移動するための道路網が必要になった。青山通りや環状7号線も、このときに整備されたものだ。これらの中には、今でも「オリンピック道路」と呼ばれているものもある。

明治神宮外苑側にある神宮地区には、メインスタジアムである国立競技場をはじめ東京体育館、神宮球場、秩父宮ラグビー場、報道関係者のためのプレスマンハウスが整備された。一方、明治神宮内苑に隣接する代々木地区には、水泳などの会場となった前述の国立代々木競技場や選手村がつくられた。

代々木地区は、戦前に練兵場があった場所だ。戦後はGHQに接収され、ワシントンハイツと呼ばれる米軍住宅になっていたが、64年大会の招致が決定したのを契機として日本へ返還された。

五輪橋は、この神宮地区と代々木地区を結ぶ道路が、山手線の線路をオーバーパスするために架けられた橋だ。道路は神宮外苑から原宿駅前を通り、五輪橋で山手線を越えた後、返還された敷地を貫いて富ヶ谷へ至る。この道路を挟んで北側に選手村、南側に代々木競技場とNHK放送センターなどがつくられた。

五輪橋から続く道路は選手村のメインストリートで、大会中には専用バスが巡回していた。路線ごとに各国の都市名の愛称が付けられ、この通りは「ロンドン通り」と呼ばれたという。大会後に選手村は代々木公園となり、ロンドン通りは都道413号赤坂杉並線として整備された。現在では代々木公園交番前で井ノ頭通りと合流し、吉祥寺方面へとつながっている。

70年代後半から90年代後半まで、ロンドン通りは「ホコ天」、つまり歩行者天国が実施され、「竹の子族」やアマチュアバンドの路上ステージと化していた。私だけでなく読者のみなさんの中にも、奇抜な衣装をまとい、ラジカセの音楽に合わせて踊りまくる若者の姿を覚えている方がいるだろう。

▲93年のリニューアルの際、「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーをもとに、
親柱には未来へ伸びる鋭角的な造形が用いられた。原宿駅のすぐ近くながら、外出自粛の影響か、人影は少ない。

「五輪橋」の名にふさわしく90年代に再整備

実は、五輪橋は最初から今のような装飾を施されていたわけではない。東京都が「著名橋整備事業」によって、93年にリニューアルしたものだ。それまでは、何の変哲もない桁橋だった。架橋時はオリンピック前の建設ラッシュで、景観への十分な配慮をする余裕がなかったからだ。

この事業で五輪橋はその名にふさわしく、64年大会との関連性を再考した整備がなされた。地球儀を載せた親柱のほか、欄干には月桂冠のモチーフとともに、64年大会で日本が活躍した陸上、柔道、体操の競技のレリーフが掲げられている。

東京2020オリンピック・パラリンピック大会は、開催を目前にしながら、新型コロナウイルス感染症の影響で来年に延期された。グローバル化の進展は、伝染病のような負の事象も地球規模に拡大させる。だからこそ今、世界は力を合わせて健康への脅威と闘わなければならない。

本来なら40年に開催されるはずだった前回の東京大会は、戦争の影響で中止された。それだけに一層、64年大会では人類の平和と協力を希求して、世界の結束が高まった――。リニューアル後の五輪橋のデザインは、そのことを今の私たちに伝えている。今度の東京大会が、世界が一つになってコロナ禍を乗り越えた証となることを切に願う。

▲高欄の壁には、陸上、柔道、体操のレリーフを掲げている。
 ▲親柱の側面にある照明の点検口の扉には、亀倉雄策デザインのエンブレムが配されている。
 
▲下にはJRの線路が見える。画面奥は、新しくなった原宿駅。
 
 
■アクセス
JR原宿駅から国立代々木競技場へ向かって徒歩1分。
 

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