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連載

連載
2018年12・2019年1月号 No.504

かわいい土木 100年の警鐘鳴らす多摩川の赤レンガ

東京と神奈川の境を流れる多摩川の下流には、レンガ造の古い河川構造物がいくつか残っている。度重なる洪水被害に苦しむ流域住民の陳情を受け、大正から昭和初期に実施された多摩川改修工事によって築かれたものだ。見た目はドボかわいい赤レンガの堤防や水門、陸閘などが、今、私たちに災害への備えの大切さを告げている。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著


東京人にとって多摩川は、サイクリングロードや遊歩道、河川敷のグラウンドもある自然豊かな水辺空間だ。数十年前、世田谷の大学に通っていた私は、友人たちと講義をサボり、近くの多摩川で貸しボートに乗った思い出がある。
そんな穏やかな表情を見せるこの川も、昭和初期までは大変な“暴れ川”として恐れられ、下流の一帯は度重なる洪水の被害を受けていた。当時はまだ、堤防のない箇所やきちんと整備されていない部分があったのだ。川崎側の沿岸の町村は神奈川県に対し、幾度となく築堤を求めていたものの、1910年(明治43年)に大洪水が起こっても工事は始まらない。
1914年(大正3年)の夏、二度の洪水に見舞われた橘樹郡(たちばなこおり)では、業を煮やした500人を超える村民たちが神奈川県庁へ押しかけ、堤防整備を訴えた。彼らが同志の目印として編み笠を被っていたことから、この出来事は「アミガサ事件」として歴史に記されている。
これを受けた当時の有吉忠一神奈川県知事の尽力により、橘樹郡についに堤防が完成。他の地区でも各所で請願運動が起こり、1918年には河口から二子玉川の二子橋まで22kmの区間で、国の直轄事業として「多摩川改修工事」が始まった。今からほぼ100年前の話だ。

小さな“猫耳”がついたシュタイナー風の水門

多摩川側から見た六郷水門。六郷用水の排水口に、船を通すために設けられた。コンクリートの丸いフォルムと、門扉の“猫耳”が印象的だ。

一連の多摩川改修工事を指揮したのは、当時の内務省技師、金森誠之(しげゆき)。新技術の開発で多数の特許を取得するなど技術者として一流だったのはもちろん、社交ダンスや映画制作を手がけるなどの趣味人でもあった。
金森の設計による川崎側の「河港水門」は、柱の上にフルーツバスケットのオブジェが載った風変わりなデザイン。多摩川を挟んで対岸に位置する「六郷水門」も、設計者が金森だという証拠はないものの、独特の意匠をもつ。
まず、コンクリート造の2本の柱は、上部が丸みを帯びている。梁もゆるやかなアーチ。管理室もまた角が丸く、窓の上部や高欄も半円形を描く。
コンクリートでこうした有機的なフォルムをつくった先駆けは、「シュタイナー教育」で知られるルドルフ・シュタイナーの建築だ――ということで、この水門も「シュタイナー様式」と言われている。シュタイナーの設計したスイスのホール「ゲーテアヌム」の写真を見ると、確かにどことなく雰囲気が似ていなくもない。
水門の門扉の両端に、三角の突起があるのも印象的だ。上部の丸い柱を頭に見立てると、この部分がちょうど猫の耳のように見えてドボかわいい。
水門の上部がコンクリート造なのに対し、下部はレンガ造になっている。中に鉄筋を入れ込んだ「鉄筋レンガ」で、これも金森の発明した技術の一つ。多摩川改修工事の着工から5年目の1923年に起こった関東大震災を受け、耐震性を高めるために生み出した新工法だった。

管理室の側面の銘板には「昭和六年三月成」と書かれている。

裏側の2ヵ所に取り付けられた古い照明器具もかわいい。

21世紀の東京に残る旧堤防が告げるもの

鉄筋レンガは水門だけではなく、堤防にも使われている。多摩川改修工事では、河口から2kmほどの地点から大師橋の辺りまで、流路に沿って鉄筋レンガの堤が築かれた。すでにコンクリート造の新しい堤防が外側(多摩川側)に築かれているので、二つの堤防に挟まれた土地には道路や住宅ができている箇所が多い。それでもまだ、途切れ途切れに旧レンガ堤が残っている。なかでも大師橋のたもとには、船溜まり沿いに100mほどが往時の姿を留めており、見ごたえがある。

大師橋のたもと、東京・大田区側に残る多摩川の旧レンガ堤。右側が川で、今は堤外に道路が通っている。

「金森式鉄筋レンガ」で築かれた堤の端部から鉄筋が覗く。

多摩川改修工事によって築かれた堤防は、上流の二子玉川駅付近にも現存する。駅前再開発による超高層の複合ビル「二子玉川ライズ」の足下に、延々と連なる芝生の土手がそれだ。かつて川辺にあった料亭などへ向かう客のために、土手を切り通したレンガ造の「陸閘(りっこう)」も、そのまま使われている。

東急二子玉川駅付近には旧堤防と2ヵ所の陸閘が残っている。洪水時には溝の部分に板をはめて浸水を防ぐ。

地元の悲願によって築かれた多摩川の水門と旧堤防。そのおかげで流域では長い間、安全安心な暮らしが営まれてきた。だが、どんなにハードを整備しても、大地震による津波や豪雨など、天災のリスクはゼロになることはない。まちのシンボルとなっている印象的な水門や堤防は、私たちに災害への備えを常に思い出させる役割を担っているのかもしれない。


アクセス

六郷水門へは京急雑色駅から多摩川へ向かって徒歩約15分。京急バス「六郷水門前」から「大師橋下」で下車した辺りに旧レンガ堤が多く残る。多摩川旧堤の陸閘は、東急田園都市線二子玉川駅そば。

 

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