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連載

連載
2017年4月号 No.487

かわいい土木 カップケーキ風の外観、中には秘めた巨大水槽

莫大な水圧に耐え忍ぶダムや谷間をまたいで踏ん張る橋、地山をがっしり支えながら地図には点線でしか表されないトンネル――。重厚長大、威風堂々な土木構造物の中に潜む、そんな健気でいじらしい一面を「ドボかわいい」と呼び、讃えたい。連載「かわいい土木」第1回は、頭上に巨大タンクを載せながら、愛くるしい外観で見る者を魅了する配水塔を紹介する。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)などの建設系雑誌を中心に、土木学会誌などに取材記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


カップケーキのような、コーンに載ったアイスのような、はたまたおとぎの国のお城のようなこの塔、こう見えてれっきとした土木施設だ。水戸市低区配水塔は、同市に近代水道が敷設された1932年、低地部の市街へ上水を供給する役割を担い建設された。

上部のドームと、せり出したバルコニー風回廊によって形成されたカップケーキ風の外観。ドームの足元を紅白の球形の装飾が彩る。水戸市低区配水塔は、1999年まで現役で稼働していた。近代水道百選、登録有形文化財、土木学会選奨土木遺産。(写真:水戸市)

ゴシック風の装飾に「梅」と「水」をあしらう

この配水塔は、高さ約22m、直径約11mの円筒形で、鉄筋コンクリート造。中間あたりにバルコニー風の回廊がせり出し、最上部はドームになっている。下部のクリーム色と回廊から上の空色の配色がメルヘンチックだ。
上部の正面には、消防ホースをモチーフとしたレリーフが二つ。水道水が飲用だけでなく、消火用にも用いられていたことを象徴する意匠である。丸窓や長窓の上下も繊細なレリーフで飾られている。
1階入口の上部には、ゴシック風の装飾が施され、尖ったアーチの中に相似形の三角窓が二つ並ぶ。中央には、花形に「水」の文字を配したかわいらしいエンブレム。花は言うまでもなく水戸名物の梅の形で、「水」は「水戸」と「水道」の意味を掛けたものだろう。

正面の回廊上には消防ホースをかたどったレリーフが二つ並ぶ。窓の上部にも繊細な装飾が施されている。

入口上部にはゴシック教会を思わせる複雑な装飾がある。教会ならバラ窓を配する位置には、水戸名物の梅に水道と水戸の「水」をあしらった。

巨大な鋼製水槽を支える円筒形の躯体

この塔の‘ドボかわいい’ところは、外観ばかりではない。むしろ内部空間にこそ、その真髄がある。内部は一般公開されていないが、取材のため特別に見せてもらった。
1階は、中央に美しいラインを描く螺旋階段。そこを上がって2階に出た瞬間、思わず声を上げそうになった。天井部分に、俵型をした巨大な鋼製水槽の下部の丸みが露出しているのだ。このタンクは、浄水場から地下配管で引いてきた水をポンプアップして溜めるためのもの。ここで水圧を一定に調整し、各戸へ安定供給するしくみだ。
水槽の容量は約360m3で、一般的な小学校プールと同じぐらい。つまり、360tもの水の重量を支えるのが、あの可憐な円筒形の躯体というわけだ。なんと健気な塔なのだろう。

1階と2階は管理事務所として使用されていた。1階中央は存在感たっぷりの螺旋階段に占められている。

2階の天井には、鋼製水槽の下部が露出。円筒形の躯体の壁が水槽を支えているのがよくわかる。

2階からバルコニーのレベルに上がると内部にも回廊があり、水槽の側面が見える。接合部がリベット止めになっているのは、鋼製水槽の特徴だという。

10カ所ある丸窓は内部から見ると、2階のフロア面ギリギリのところにある。カーブする壁に沿って丸い光が床を照らしていた。

娘に「塔美子」と名付けた水道技師・後藤鶴松

名称にわざわざ「低区」と付けている以上、もしや「高区」もあるのではないか。そう、かつてはあった。水戸市の地形は、那珂川に沿って市街地が台地と低地に分かれており、同一の配水塔では給水が困難だったからだ。
ところが、同時期に建設された高区配水塔は、鉄骨の櫓の上にむき出しの水槽を載せただけの素っ気ないデザイン。おまけに低区配水塔も、設計変更前の当初図面では、今ほど優美な姿ではなかった。確かに、水槽を支える機能を満たすだけなら、レリーフや凝った意匠など必要ないのである。
低区配水塔が、どのような経緯でこんなにもラブリーな外観をまとうことになったのかはわからない。設計者として名が残っているのは水道技師の後藤鶴松だ。1930年に水戸市に招聘された後藤は、翌年の起工式当日に生まれた女児に「塔美子(とみこ)」と名付けたという。この配水塔にかける並々ならぬ熱意が感じられるエピソードである。

近代水道のシンボルに未来の希望を託して

だが、単に後藤の個人的な意気込みだけで、このような意匠が生まれたとは思えない。そこには、近代水道システムを待ち望む水戸市民の想いが込められたのではないか。昭和初期の水道普及率は、全国でまだ30%前後。当時の近代水道は、都市の先進性を体現するインフラだったはずだ。
とはいえ、浄水場や高区配水塔の位置する上流域は郊外だし、配水管は地中に埋まっていて見えない。その点、低区配水塔が建つのは水戸城跡の高台、一番目立つ歴史的な一等地だ。近代水道のシンボルとするにはまさにうってつけ。ここに塔をつくるなら、思い切り華やかなものがいい――。それが市民の総意だったとしても不思議はない。そう考えると、ドボかわいい配水塔が、未来への希望が詰まった大輪の花のツボミに見えてくる。

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