サプライチェーン重視時代の建設工事契約のポイント

サプライチェーン重視時代の建設工事契約のポイント
2026年6月号 No 579

第3回 建設業法における契約の意義と標準労務費制度

弁護士法人匠総合法律事務所
     弁護士 秋野 卓生

東京・大阪・名古屋・仙台・福岡に拠点を設ける弁護士法人匠総合法律事務所 代表社員弁護士。
法務省司法試験考査委員(民法)等を務める。

建設業法における
契約の意義

請負契約は諾成契約であり、口頭であっても成立します(民法632条)。

しかし、建設工事の請負契約については、口頭の契約では内容が不明確、不正確となり、後日紛争の原因となることから、建設業法により契約締結に際して、同法19条が定める契約内容を記載した書面を作成し、交付することが義務づけられています。また、同法18条では、「当事者は、各々の対等な立場における合意に基いて公正な契約を締結し、信義に従つて誠実にこれを履行しなければならない」と定められています。

さらに、中央建設業審議会は、建設工事請負契約のひな形として各種の標準請負契約約款や、工期・労務費などに関する基準を作成し、その実施を勧告することができるとされています(同法34条2項)。標準約款には、公共工事標準請負契約約款、民間建設工事標準請負契約約款(甲・乙)、建設工事標準下請契約約款などがあります。これらの約款では、工事名、工事場所、工期、工事を施工しない日や時間帯、請負代金額などの欄が設けられているほか、工期や代金額の変更、不可抗力による損害、検査・引渡し、契約不適合、代金の支払など、建設工事において生じうるさまざまな問題に対応する詳細な条項が規定されています。

「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン(第8版)」(令和8年1月国土交通省 不動産・建設経済局建設業課公表)及び 「建設業法令遵守ガイドライン(第12版)-元請負人と下請負人の関係に係る留意点-」(令和8年1月国土交通省 不動産・建設経済局建設業課公表)において、「民間建設工事標準請負契約約款又はこれに沿った内容の約款(略)に沿った内容の契約書による契約を締結することが基本」「建設工事標準下請契約約款又はこれに準拠した内容を持つ契約書による契約を締結することが基本」とされていますので、建設工事標準請負契約約款が改正された場合には、それを踏まえて、各建設会社においても請負契約の内容を真摯に検証し、見直しを行っていくことが必要となります。

建設工事標準請負契約
約款の改正

令和7年12月2日、中央建設業審議会会長から国土交通大臣・都道府県知事・建設業団体の長宛に、「建設工事標準請負契約約款の実施について」と題する勧告がなされました。

いわゆる第三次・担い手3法が令和7年12月12日に全面的に施行されること等を踏まえ、中央建設業審議会で審議を行った結果、建設工事標準請負契約約款を改正するという内容の勧告です。

以下、約款の改正事項のうち、請負代金の内訳書に明示する項目の追加とコミットメント条項の新設についてご説明します。

  • 1 請負代金内訳書に明示する項目の追加について
    改正後の建設業法20条1項において、材料費、労務費及び労働者による適正な施工を確保するために不可欠な経費の内訳を明示した見積書を作成する努力義務が新設されました。
    これに伴い、建設工事標準請負契約約款において、適正な労務費の確保と、労務費確保に伴う労務費以外の労働者による適正な施工を確保するために不可欠な経費へのしわ寄せ防止を図るため、法定福利費(事業主負担分)に加え、見積段階で内訳明示される経費(材料費、労務費、安全衛生経費、建退共掛金)についても、請負代金内訳書において内訳明示する項目として追加されました。
  • 2 コミットメント条項の新設について
    「労務費に関する基準」(令和7年12月2日中央建設業審議会勧告第1号)において、その実効性確保策として、契約当事者によるコミットメント制度の活用を通じた労務費・賃金の適正な支払の担保の取組が位置づけられました。
    これを踏まえ、建設工事標準請負契約約款において、受注者が注文者に対し、適正な賃金や労務費を、それぞれ雇用する技能者や直接の下請事業者に支払うこと等を約するとともに、必要に応じて注文者がその支払に関する書類等の提出を求めることができる規定を導入することとし、契約当事者の任意で利用できる選択条項として追加することとされました。
    労務費の行き渡り確保の観点から、予め下請契約の段階も含めてコミットメント条項の導入を約する条文(A)を基本としつつ、状況に応じて発注者・元請間、元請・一次間など個々の契約段階において個別に導入を約する条文(B)についても選択可能としています。
    契約当事者がコミットメント制度を活用して、労務費や賃金の適正な支払を担保するために求められる取組は、単なる「宣言」ではなく、実際の契約・見積り・支払のプロセスに組み込むことが必要になります。
    見積書での労務費の明示と「労務費に関する基準」の基準値を下回らないか確認することが必要となりますし、契約段階で、労務費の適正確保を担保する条項を盛り込み、適正な支払の実施(支払期日・方法の遵守)をする必要があります。
    また、コミットメント制度では、下請業者から賃金支払状況の報告を受ける、必要に応じて確認資料の提出を求める、技能者の処遇改善に関する協議を行う、技能者への賃金が適正に支払われているかを確認するといった取組も重要です。

契約上の
義務となることの意味

前述のように、建設業法20条1項に規定する材料費、労務費及び労働者による適正な施工を確保するために不可欠な経費の内訳を明示した見積書を作成することは、「努力義務」です。

法令上の努力義務とは、「努力すること」を義務付けることを定めた条項を意味し、「しなくてはならない」という強制的なものではありません。努力義務として、建設業者による自発的な行為を促し、期待するものですので、違反した場合の罰則もなく、拘禁や罰金などの刑事罰はもちろん、営業停止など行政処分による制裁を受けることもありません。

しかしながら、内訳を明示した見積書をもとに、契約締結後に材料費や労務費等の内訳を示して請負代金内訳書を提出した場合には、一般に契約上の義務となります。契約を守らなければ、契約違反となり、請負契約解除事由にもなりえます。

改正建設業法の施行にあたっては、適切な見積書を取り交わす契約慣行の定着に向け、官民一体となって取組を加速させる必要性があると言われてきました。まさに、これまで、材料費、労務費、安全衛生経費、建退共掛金について内訳明示することに慣れていない建設業者も、今後はそれらを明らかにして見積書の作成・契約の締結を行うことが求められます。

改正された建設工事標準請負契約約款の重要性(契約違反のリスク)が浸透していけばいくほど、適切な見積書を取り交わす契約慣行は定着していくものと思われます。

 

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