連載

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2018年4月号 No.497

かわいい土木 鉄道草創期の熱風が遺した刻印

琵琶湖南部ののどかな風景を編むように進むJR草津線。その貴生川駅周辺に、明治の路線開通時に設けられた煉瓦アーチのドボかわいい橋梁が三つある。今回は、その一つに遺された私鉄・関西鉄道の社章から、日本の鉄道草創期のドラマをひもとく。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


2月下旬とは思えぬ陽気に誘われて、JR草津線貴生川駅の近くでレンタサイクルを借りた。3段変速のママチャリで、舗装道を快適に飛ばす。サイクリングの目的は、滋賀県甲賀市に残る草津線の三つの橋梁を見に行くことだ。

新道橋梁と草津線の電車。田園風景の中を一直線に草津線の線路が通り、農道と交差する箇所は土手を切り通しにして小さな橋梁が架かっている。

こだわり抜いた意匠が魅力の明治橋梁三兄弟

貴生川駅から隣の甲南駅方向へ、一面に広がる水田の脇を5分も漕いだろうか。草津線の土手へ延びる細い農道が見えた。「たぶん、あそこだ」と目星をつけて、田んぼのほうへ下りていくと、あった! 1890年竣工の煉瓦アーチ橋、御庄野(ごしょうの)橋梁だ。想像よりもずっと小さい。

御庄野橋梁の全景。下を通るときに声が反響することから、地元の子どもたちは「わんわんトンネル」と呼んでいるとか。

上を草津線の線路が通っているので、分類上は鉄道橋梁なのだが、アーチの下には農道が通っており、トンネルのように見える。幅は小型車1台がやっと通れるサイズ。高さも大人が手を伸ばせば天井につきそうなほどで、道路標識に記された高さ制限はわずか1.5mだ。
しかし、そのかっちりとした端正な造形や、煉瓦の装飾が施された意匠は驚くほど凝っている。側面は、煉瓦の長手を見せる段と小口を見せる段を交互に重ねた「イギリス積み」。上から3段目には、小口の向きを斜めに振って角を見せる「蛇腹(コーニス)」を挟んである。

御庄野橋梁の上部には、煉瓦の角を三角に見せた「蛇腹」を挟んである。

御庄野橋梁から貴生川駅へ戻り、今度は反対の三雲駅方向へ。橋を渡り、杣川(そまがわ)沿いの道を進む。頬をなでる風が心地よい。ほどなく、新道(しんみち)橋梁に着いた。御庄野橋梁より少しだけ大きく、高さ制限は1.8m。
この橋は、側面の上部に「ヘリンボーン」の装飾があるのが印象的だ。よく見ると、上から2段めが一つおきに凹凸になっていたり、アーチと下の壁の境目に装飾帯が入っていたりと、細かいところにもこだわりが見られる。

新道橋梁の煉瓦は、上部がヘリンボーン状の飾り積み、その下はイギリス積み。

新道橋梁の300m先にあるのが、国分橋梁だ。この橋の特徴は、何と言っても側面上部に浮き彫りになったエンブレム。これこそ、御庄野・新道・国分の橋梁三兄弟の出自を物語る紛れもない証なのだ。

国分橋梁の上部に施された関西鉄道時代の社章。黒っぽい焼き締め煉瓦で凹凸をつけ、周囲から浮き上がらせている。

 

東海道VS中山道で揺れた日本初の官設鉄道ルート

国分橋梁のエンブレムは「関」の字を丸くデザインしたもので、明治時代に存在した私鉄、関西鉄道の社章。滋賀の弘世助三郎、三重の諸戸清六、京都の田中源太郎といった実業家が、政治家の前島密を社長に担ぎ、1888年に設立した会社だ。当時は政府の後押しもあり、私鉄への投資がブームになっていた。
しかし、関西鉄道の創立にかける地元実業家たちの熱は、少し趣が違った。というのは、日本初の鉄道幹線、今で言う東海道本線のルートから漏れた雪辱が折り込まれていたからだ。
明治政府が計画した東京と大阪を結ぶ鉄道は当初、東海道経由と中山道経由の2案あった。いったんは中山道案に決まったものの、工期が半分ですむと分かり、途中から東海道ルートに変更。ところが、中山道ルートの大垣ー長浜間が先行して開業していたことから、名古屋ー草津間だけは中山道経由となってしまった。
期待していた鉄道が来なくなった東海道沿道の落胆は想像に難くない。ならばわれわれの手で、と立ち上がった三重・滋賀の有志が、後に京都鉄道を起こす田中らに資金面の相談を持ちかけ、賛同を得たという。
関西鉄道は草津線を1890年に全通させた後も路線網を広げ、名古屋や大阪にも進出。名阪間では因縁の東海道線と熾烈な乗客獲得合戦を繰り広げた。この競争は日露戦争による軍需輸送優先策で終結。関西鉄道は1907年に国有化された。
国分橋梁に残る社章は、明治という特別な時代を吹き抜けた熱風が押した刻印かもしれない。

国分橋梁の内部には、レール材で補強が施されている。


アクセス

JR草津線貴生川駅から御庄野橋梁まで約700m、新道橋梁と国分橋梁までは駅から反対方向へ1.5km程度。

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