かわいい土木
技術者の挑戦秘めた御茶ノ水の「鉄景」
Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社)、本連載をまとめた『かわいい土木 見つけ旅』(技術評論社)
東京・御茶ノ水の谷を流れる神田川の景色は、3路線が一望できる鉄道ファンの聖地。「鉄景」と呼ばれるこの景色に、電車以外で彩りを与えているのが、神田川橋梁と松住町橋梁だ。今回は、スレンダーなハの字開脚がドボかっこいい神田川橋梁にスポットを当ててみたい。
東京・御茶ノ水の聖橋。この橋の上からの眺めは、いわゆる「撮り鉄」と呼ばれる鉄道ファンにはとても有名な“鉄景”だ。下を流れる神田川は、江戸時代に本郷台地を切り拓いて人工的につくられた外堀の一部。だから深い谷地形になっている。タイミングがよければ、3路線(JR中央線と総武線、東京メトロ丸ノ内線)の電車が、同時に神田川を渡る様子を写真に収めることができるのだ。
眼下に見える赤い電車は丸ノ内線。比較的浅い地下を通るトンネルが、御茶ノ水の谷を越える一瞬、顔を出して水面近くを通り過ぎていく。そのトンネルの真上の土手を、オレンジラインの中央線が斜めに交差する。下流方向へ目をやれば、中央線の上をさらにイエローラインの総武線がクロスし、ハの字型の橋脚を持つ神田川橋梁と、緑のアーチが美しい松住町架道橋を通り過ぎていく。
いずれの電車も数分間隔でやってくるので、次こそは3本が重なるのでは、とカメラを構えたままつい粘ってしまうことになる。そんな経験があるのは、私だけではないだろう。
▲御茶ノ水の聖橋から秋葉原方向を見る。奥に見えるブレーストリブアーチ橋が松住町架道橋、その手前が神田川橋梁。画面下には丸ノ内線が通る。
▲聖橋の上には、スマホやカメラを構える人たちが常に見られる。
斜めに川をまたぐ橋を
経済的な方法で架ける
今回の主役である神田川橋梁は、総武線の鉄橋で、1932年(昭和7年)に完成した。この橋のドボかわいらしさは何と言っても、がばっとハの字に開いた橋脚のカタチにある。かわいいというより、スラリと伸びた長い脚がかっこいい。
こうした形式の橋のことを「方杖ラーメン橋」という。頬杖をつきながらラーメンを食べる姿、ではない(お行儀が悪いし)。方杖とは、垂直材と水平材の交わる個所に、補強のために取り付ける斜材のこと。ただ、「方杖」と「頬杖」は同じ意味だと辞書にあるので、ハの字の橋脚を人が頬杖をつく姿に見立てるところまでは間違っていない。
一方のラーメンは、「フレーム」を意味するドイツ語のrahmenで、桁と橋脚を剛結して一体化した構造を指し、一般的には門型をしている。つまり、方杖ラーメン橋は、開脚して立つ門の形だ。
それにしても、神田川橋梁はどうして方丈ラーメンになったのか。文献を読むと、それは神田川と総武線が30度に満たない浅い角度で交差するためだった。
川に橋を架けるとき、直交させれば最も距離が短くなり、経済合理性が高まる。反対に、角度が浅くなると橋は長くなり、橋脚を立てない単径間では、がっちりした桁が必要になって不経済だ。
そこで神田川橋梁では、橋の中間に川を直角にまたぐ方杖ラーメン橋脚を建て、その上に桁を乗せて2径間としたという。これなら工事費は安くてすむし、見た目もスマート。当時、こうした形式の橋はわが国では初めての試みだったと、資料には書いてある。
機関車で桁を押し出す
驚きの「帆柱式架設法」
神田川橋梁がすごいのは、橋脚の構造だけではなかった。桁の架設方法も、びっくり仰天なのである。前述の資料には「架設法は帆柱式押出法により成功を収めたり。」とさらっと触れられているのみ。ホバシラシキ? 聞いたことがない。さらに調べて、文献を見つけた。要約すると次のようなことが書いてある。
この方法は、大正9年(1920年)に技師・大木利彦が考案したもの。架設する桁の後方に補助桁を設置し、その先端近くに支柱を建ててワイヤーロープを前後に張る。前方のワイヤーは架設しようとする桁の先端に、後方のワイヤーは補助桁の後端に緊結。両方の桁の突き合わせ部をボルトで継ぎ合わせ、機関車の推進によって架設する。
つまり、既設部の上で、桁と補助桁を連結し、軌道に置いた機関車で前方へ押し出す、ということのようだ。現代ならジャッキで送り出すのだろうが、機関車とは!写真を見ると、支柱の前後に張られたワイヤーの様子は、帆船の帆柱に似ていると言えなくもない。
神田川橋梁は、両国駅止まりだった総武本線を御茶ノ水駅まで延伸する高架線工事に伴って建設された。新設の御茶ノ水―両国間には、神田川橋梁に続く松住町橋梁などに、さまざまな最新技術が取り入れられているという。聖橋からの鉄景に込められた、当時の技術者たちの意気込みを感じてみたい。
▲昌平橋から神田川橋梁を見る。左側を走る中央線が橋の下をくぐっていく。総武線と神田川が浅い角度で交差しているのが分かる。奥に見えるのが聖橋。
▲右岸側の橋脚の基礎は、堤防と一体化している。
▲左岸側の橋脚は堤防の外側に設置してある。
●アクセス
JR御茶ノ水駅、東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅から徒歩4分、JR秋葉原駅から徒歩8分。
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