建設経済の動向

建設経済の動向
2024年10月号 No.562

道路点検義務化10年、予防保全への転換に挑む

日経クロステック 建設編集長 佐々木大輔

笹子トンネル天井板崩落事故を受け、道路構造物の定期点検が義務化されて今年で10年。インフラの老朽化が進み、人材と財源の不足が深刻化するなか、事後保全から予防保全への転換は急務となっている。課題克服へ、現場実証が進むインフラメンテナンスの先進事例を紹介する。

道路橋1橋分の床版劣化予測が実質1日で可能に——。予防保全型の維持管理への転換を目指し、メンテナンスサイクルを高速化する新技術の現場実証が進んでいる。実証の舞台は、前田建設工業などが出資する愛知道路コンセッション(愛知県半田市)運営の有料道路「猿投(さなげ)グリーンロード」。全延長13.1kmに架かる35橋が対象だ。

劣化予測に用いるのは、東京大学コンクリート研究室が中心となって開発を進めてきた「DuCOM-COM3(デュコムコムスリー)」と呼ぶシミュレーション技術。コンクリートの硬化などミクロな現象から、変形など構造物全体のマクロな挙動までを解析する。

3次元モデル化や可視化といった一連の解析プロセスを自動化し、スーパーコンピューターを組み合わせることで、1週間で8橋分の予測結果を算出できるようにした。従来の手法では1橋当たり半年程度かかっており、橋梁群の補修優先度の判定に使うのは非現実的だった。実証中の新技術では圧倒的なスピードで結果をはじき出せるため、5年に1度の定期点検を待たずとも、適切な補修優先度を踏まえた計画作成が可能になる。

この現場実証は、2023年度開始の内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期で進める「先進的なインフラメンテナンスサイクルの構築」の一環だ。産官学が結集して新しいインフラメンテナンス体制の構築に挑む国家プロジェクトで、データ活用を軸としたメンテナンスの生産性向上を掲げる。

このプロジェクトでは、シミュレーション技術のほかにも、点検、診断、措置(補修・補強・更新)、記録といった各プロセスでメンテナンスサイクルを高速化するための新技術開発を目指しており、社会実装を合言葉に全国で現場実証が始まっている。

背景にあるのは、維持管理を担う熟練技術者が退職して人材不足が深刻化している現状への危機感だ。研究開発責任者を務める東京大学大学院工学系研究科の石田哲也教授は、「若手技術者だけでなく、スタートアップや異業界など外部の人間にも魅力的な仕事にしなければならない。次の世代にバトンを渡すために残された時間は少ない」と語る。

実証現場となった有料道路の猿投グリーンロード。供用中の路線だ(写真:日経クロステック)

 

自治体の橋の2割近くが補修未着手
人材や財源の不足が課題に

国が本格的なインフラメンテナンスにかじを切った「最後の警告」から10年。2014年度に始まった道路構造物の定期点検は2巡目を終え、2024年度から3巡目に入った。点検実施率は100%に近いが、補修などの措置に未着手の施設は少なくない。インフラ老朽化の危機は抜本的解決に向かっているとは言いがたいのが現実だ。

国土交通省が2024年8月に公表した道路メンテナンス年報によると、自治体が管理し、2014〜2018年度に実施した1巡目の定期点検で5年以内の補修が必要とされた橋のうち、2割近くが2巡目点検の終了時点で補修に未着手だった。国や高速道路会社が管理する橋では全て着手しており、自治体の対応の遅れが目立つ。一方で、建設から50年以上経過した道路橋の割合は2023年度末で39%。10年後の2033年度末には63%に達する見込みだ。

人材や財源の不足が深刻化するなか、このまま事後保全の維持管理を続ければ、笹子トンネルのような大事故も起こりかねない。持続可能なインフラメンテナンス体制の構築へ、新技術の実装は急務となっている。

1巡目(2014〜2018年度)の定期点検で、5年以内に補修などの措置が必要とされた橋梁数と、措置の実施状況(出所:国土交通省)

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