日本経済の動向

日本経済の動向
2024年3月号 No.556

「賃金・物価の好循環」実現に向けた現在地

日本でも2%を超えるインフレが続いている。こうしたインフレに背を押される形で、高水準の賃上げを2年連続で実現させようとの機運も高まっており、政府・日銀が目指してきた「賃金・物価の好循環」の実現が現実味を帯びてきたとの見方も増えつつある。そこで今回は、賃金・物価の好循環の実現に向けて鍵を握る、サービス価格の動向について解説する。

インフレ長期化が賃上げを促している

長年にわたってデフレに苦しんできた日本のインフレ率が、2022年春以降、1年半以上にわたって2%を上回っている。そうした中、インフレによる実質賃金の減少を補うべく、労働者は高水準の賃上げを強く要求している。人口減少などを背景とする構造的な人手不足を受けて人材獲得競争が強まる中、経済団体首脳もこうした労働者の要求に対して前向きに応じる姿勢を示しており、一部の大企業は、交渉開始前から高水準の賃上げ実施を表明している。

政府・日銀は、賃金・物価が相互に上昇を促す形での「賃金・物価の好循環」を実現させることの重要性を度々強調してきたが、現在の状況をみると、まさにこうした好循環が実現しつつあるようにも見える。実際、一部のエコノミストや市場参加者はそうした見方に立ち、日銀の金融政策正常化の時期・ペースなどについて活発に議論している。

しかし、本当に好循環は実現しつつあるのだろうか。インフレが賃上げを促すという「物価上昇→賃金上昇」のメカニズムが作動しているのは確かだろう。ただし、「循環」と言うからには、「賃金上昇→物価上昇」という逆方向のメカニズムの作動も不可欠である。したがって、賃金・物価の好循環の実現の鍵を握るのは、賃金上昇が販売価格に適切に転嫁されるかどうかということになる。その際、総コストに占める人件費の割合が高い「サービス」の価格がどうなるかが特に重要である。

 

サービス価格上昇の持続性は、
賃上げで「岩盤」を突破できるか次第

2022年春以降のインフレの主因は、輸入物価上昇による「モノ」(食料品、日用品など)の価格の上昇であるが、この間、「サービス」の価格もじりじりと上昇している。

もっとも、サービス価格上昇の中身を詳しくみると、外食や宿泊料など一部の品目が全体を大きく押し上げる形となっており、その他の品目に目立った動きはみられない。つまり、現在のサービス価格上昇は、既往の原材料コスト上昇が外食価格などに波及していることが主因であり、そうしたコスト上昇の影響が剥落すれば、これらの伸び率は鈍化する可能性が高い。この意味で、現在のサービス価格上昇の持続性はそれほど高くないとみることもできる。

逆に、今のところ目立った価格上昇の動きがみられていない品目(授業料、家賃など)には、1990年代半ばまで他の品目と同程度の価格上昇率であったのが、デフレ期入り後、「春闘」という言葉が半ば死語になり、「ベアなしが当然」という雰囲気になる中で、ほとんど価格が動かなくなってしまったものが多い。こうした「岩盤」とでも言うべき品目にも動きが出てくるかどうかが、サービス価格上昇の持続性、ひいては日本のインフレの持続性を決定づけるといっても過言ではないだろう。

 

鍵を握るのは中小企業の「値上げ力」

サービス価格の持続的上昇に向けて鍵を握るのは、中小企業の「値上げ力」である。価格交渉力の強い大企業と異なり、中小企業は価格交渉に苦労することが多いとされるが、賃金上昇による人件費増加を販売価格に転嫁する必要性が大きいのは、むしろ中小企業である。なぜなら、中小企業は大企業と比べて労働分配率が高く、利益率が低いため、賃上げに伴う人件費増加を自社の利益の範囲内で吸収することが難しく、したがって販売価格に転嫁できるかどうかは文字通り死活問題になりうる。特に、労働集約的なサービス業では、こうした問題がより深刻になる可能性がある。

逆に言えば、価格交渉力が高くない中小企業(特にサービス業の企業)でも、賃金上昇による人件費増加を販売価格に転嫁できるのが「当たり前」という雰囲気になってくると、「賃金上昇→物価上昇」のメカニズムも確立され、賃金・物価の好循環が本格的に回り始めたと評価できるようになるだろう。

 

当面の注目ポイントは、
2024年度初めのサービス価格改定

サービスの価格改定期は、年度初めの「4月」に集中している。2年連続で高水準の賃上げが実現する可能性が高まる中、賃金・物価の好循環の実現に向けて、鍵を握るサービス価格がどの程度上昇するか、5月後半に公表される4月の全国CPIの結果に注目が集まるだろう。

 

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