日本経済の動向

日本経済の動向
2024年2月号 No.555

「金利のある世界」なら長期金利は2%を超える

デフレからの完全脱却を目指して、金利を極めて低水準に据え置いてきた日本銀行の金融政策が、金利の上昇を許容する「正常化」に転換した。それでも欧米の中央銀行に比べ、日銀の金融正常化ペースは遅い。そこで今回は、日銀の金融正常化を阻む日本経済の構造的な問題を、主に企業の視点から解説する。

長期金利2%は「金利のある世界」ではない

短期金利をマイナス0.1%とし、長期金利をゼロ%程度で推移するよう、日本銀行が金利を操作する「長短金利操作」は、2016年9月に導入された。その後、日本のあらゆる金利が厳密にゼロ以下となったわけではないが、「金利のない世界」を目指すという日銀の強力なメッセージは、預金金利や貸出金利に強烈な下押し圧力をかけ続けた。

この日銀のスタンスに最初の変化が生じたのは、22年12月である。グローバル・インフレが急加速する中、日銀は、以前から設定していた長期金利の変動幅を従来の「±0.25%程度」から「±0.5%程度」に拡大し、0.5%までの長期金利の上昇を事実上、許容した。翌23年の7月には、運用の柔軟化という名目で1.0%までの上昇を容認し、さらに同年10月には、1.0%を上限の目途としつつも、1.0%を超える上昇には柔軟に対応する旨の決定を行った。

一連の政策変更を受けて、金融市場では「金利のある世界」が早晩、復活するとの見方が急速に強まっている。短期金融市場は既に、マイナス金利政策が24年中に解除される可能性をかなりの確度で織り込んでいる。長期金利についても、2000年以降の上値である2%が視野に入ってきた。ただ、長期金利の2%超えは決して容易ではない。これまでも、2000年と06年、07年に2%超えをうかがう動きが見受けられたが、その後の景気後退によって低下に転じた。日銀が13年4月に、いわゆる「異次元緩和」に踏み切って以降は、長期金利の1%割れが常態化したが、仮に日銀が今後、金融正常化を進めて「異次元緩和」以前の金融政策に戻ったとしても、長期金利は1%を超えこそすれ、2%を上回って推移する保証はない。

そもそも2000年以降、政府・日銀が目指すインフレ率2%の物価安定目標は、消費税率引き上げやエネルギー価格高騰などの一時的な状況を除けば、未だに達成されていない。そうした下で、長期金利が仮に2%に届いたとしても、金融正常化を伴った「金利のある世界」とは異なっている。

 

長期金利2%超えのカギを握る設備資金需要

日銀が長年にわたり金利を支配していたこともあって忘れられがちだが、金利は本来、資金需給によって決まる。金融政策の影響を受けやすい短期金利は別としても、長期金利は、公社債の発行・売買のみならず、銀行貸出などの間接金融市場の影響を受ける。好景気が続き、設備資金貸出や住宅ローンが伸びる局面では、長期金利には上昇圧力がかかりやすい。ただし、資金需要が高まった場合でも、需要が手元の余剰資金の範囲内であれば、貸出や社債発行などの外部資金に需要が及ばず、結果的に金利の上昇圧力は限定的にとどまる。

一般的に、銀行などの金融機関は、資金余剰主体である家計から、資金が恒常的に不足する企業部門に資金を融通する役割を担っている。しかし日本では、1990年代後半以降、企業部門が家計と同様に資金余剰であるという状況が長期化し、もはや異例とすらいえない構図となっている。日本の長期金利が2%を超えなくなった背景には、日本の企業部門が「恒常的な資金余剰」に転じたことがあるものと思われる。

 

企業の設備投資意欲に変化の兆し

日本の企業部門が資金余剰に転じた理由としては、少子高齢化で国内需要が構造的に伸びないこと、デフレの長期化で実質金利が高止まりしたこと、円高で国内産業が海外に移転したことなど、さまざまな要因が挙げられる。これらの要因がすべて解消する目途は、残念ながら立っていない。しかし、もし日本がデフレから完全に脱却することができれば、企業の設備投資意欲はこれまでになく高まり、企業の外部資金需要が活発化する可能性がある。長期金利の2%超えも視野に入ってくるかもしれない。

そしてその兆候はある。日本企業が一定期間に稼いだ収益(粗利益)を示す国内総生産(GDP、金額ベース)のうち、設備投資に振り向ける割合を示す「設備投資比率」(名目設備投資÷名目GDP)が、企業部門の資金過不足の目安となる17%を超える局面が、22年から出はじめた。設備投資比率の17%超えが定着するかどうかの判断は難しいが、「デフレからの完全脱却」を金融政策の最優先事項としてきた日銀のこれまでの取り組みが、企業部門の資金余剰の解消を通じて、ようやく実を結びつつあるのかもしれない。

 

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