日本経済の動向

日本経済の動向
2023年9月号 No.551

低賃金・低インフレのノルムに変化の予兆

消費者物価の上昇率が約40年ぶりに4%に達する中、2023年の春闘賃上げ率は30年ぶりに3%台後半に高まった。こうした物価・賃金の上昇が継続すれば、長らく続いた日銀の超金融緩和政策が変わる可能性が高まる。今回は、今後の物価・賃金動向をみる上でのポイントを解説する。

40年ぶりのインフレ、30年ぶりの賃上げ

エネルギー価格の高騰に円安の影響が加わり、輸入物価は昨年夏にかけて大幅に上昇した。輸入コストの上昇分を国内の財・サービス価格に転嫁する動きが今春にかけて強まる中で、消費者物価(生鮮食品とエネルギーを除く、いわゆる日銀版コアCPI)の上昇率は約40年ぶりに前年比4%を超えた。

この歴史的とも言える物価上昇に配慮する形で、多くの企業が労働者の要請に応え、賃金を引き上げた。連合(日本労働組合連合会)集計の2023年春闘賃上げ率は3.58%と、昨年の2.02%から大きく伸びが高まり、1993年以来30年ぶりの水準に達した。夏のボーナスに合わせて「インフレ手当」を支給する企業も多く、40年ぶりのインフレは、日本経済にさまざまな影響を及ぼしている。

低インフレ・低賃金の呪縛は解けるか

今回のインフレが起きる前、日本経済は長期にわたって低インフレ・低賃金の状態が続いてきた。モノやサービスの価格は据え置きが当たり前、春闘においてベースアップはゼロか小幅のプラスが精々というのが一種のノルム(規範)と化し、戦後最長に迫ったアベノミクス景気の時期にもその呪縛から抜け出すことはできなかった。

しかし、今回のインフレ局面ではこれまでにないほど多くの企業が自社製品・サービスの価格引き上げに踏み切り、コストを価格に転嫁する動きが強まっているようにみえる。また、少子高齢化の影響で人手不足が深刻化する中で、賃金にも継続的に上昇圧力がかかる可能性が高まっており、いよいよ低インフレ・低賃金のノルムが変わるのではないかとの期待が一部に芽生えている。超金融緩和政策を継続してきた日銀も、今回はデフレ懸念を払拭する千載一遇のチャンスととらえているだろう。

財価格の下落ペースに注目

今回のインフレがノルム変化につながるかを占う上で、筆者は2つの点に注目している。

一つは2023年秋以降の財価格の下落ペースである。輸入価格は昨年夏にピークアウトしており、すでに今年の春時点で前年比マイナスに転じている。価格転嫁の動きは今夏で一服し、秋以降の財価格の伸びは鈍化してくる可能性が高い。注目すべきは、この局面での企業行動である。これまでは、コストが下がると値下げしてシェアを確保しようとする動きが強まる傾向があった。今回もし、「やっと値上げしたのだから価格を据え置こう」と考える企業が多ければ、財価格の下落ペースは緩やかになるだろう。そうなれば、まさにノルム変化の兆候であり、それを確かめる上で、今秋以降はむしろ「値下げ」のニュース(がどの程度増えるか)に注目したい。

2024年春闘は企業経営者のスタンスに注目

もう一つの注目点は、いわずもがな2024年の春闘である。

まずは労働組合側が今年並みの賃上げを要求するか。連合は昨年12月上旬に5%程度の要求方針を決定しており、来年も同程度を要求することを12月ごろ決める可能性が高い(仮に組合側から要求水準を引き下げるようであれば、ノルム変化はほど遠い)。

それに対して、企業側がどういうスタンスで交渉に臨むかがより重要であろう。23年の賃上げの後なので、24年はベアゼロも視野に入れた交渉になるのか、中長期的な人手不足が想定される状況下で、毎年ある程度のベースアップがあるのはもはや当然というスタンスで交渉が始まるのか、年末ごろからの企業経営者や業界団体の発言に注目したい。

もともと今回のインフレは輸入物価の上昇に端を発しているが、中長期的な物価動向を左右する要因としては、賃金とサービス価格の行方が重要である。残業規制の影響で、運送費などに上昇圧力がかかりやすくなるなど、少子高齢化を背景とした労働需給のひっ迫が継続的にサービス価格を押し上げる可能性が高まっている。人材確保のために、複数年にわたる賃上げを表明する企業も出始めており、低インフレ・低賃金のノルムが変わる蓋然性は徐々に高まっているようにみえる。

 

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