日本経済の動向

日本経済の動向
2023年6月号 No.549

対話型AIの進歩でホワイトカラーに求められるスキル

人工知能(AI)、仮想・拡張現実(VR・AR)、「モノのインターネット」(IoT)などの先端技術の導入と生産性の向上は、これまで製造、物流、建設などの現場が中心だった。しかし対話型AIの進歩とオフィス業務に必要なアプリケーション群の融合により、ホワイトカラーの仕事にも大きな変化をもたらす動きが出てきた。今回は、対話型AIがホワイトカラーの仕事に及ぼす影響について解説する。

大きな話題を呼ぶChatGPT

人工知能を研究するOpenAIが2022年11月に公開した対話型AI「ChatGPT」が大きな話題を呼んでいる。文章で質問を投げかけると、人間が書いたような自然な文章で回答を返してくるもので、質問を畳みかけることも可能だ。入力したテキストの要約はもちろん、複数のトピックを組み合わせた文章の作成や、欲しいアウトプットを実現するためのプログラムなど、さまざまなタスクをこなす。

このChatGPTは、膨大な量のテキストデータを学習して作成された大規模言語モデルと呼ばれるAIの1つで、18年にGoogleが発表した「BERT」を契機に、飛躍的な発展を遂げたAIである。BERTが、従来のモデルよりも遥かに多くのデータを学習し、文章の処理能力で圧倒的な精度を発揮したことが、大規模言語モデルに対する多くの研究者や企業の関心を引くことになった。

そして今年3月には、ChatGPTよりもはるかに高性能なGPT4が公開された。大規模言語モデルのAIは、入力された文章を単語や文字に分解し、それらに対応する、事前の学習で得た数値や重み(パラメーター)を用いて文脈を理解する。人間の脳の神経細胞に相当するこのパラメーターの数は、発表当初のBERTが1億1000万で、ChatGPTでは1.75兆に達している。GPT4のパラメーターは100兆と言われており、大規模言語モデルの進化スピードは極めて速い。こうした膨大なパラメーターにより、GPT4は最大2万5000単語の長文に対応できるという。

先端技術の恩恵がホワイトカラーのオフィスへ

OpenAIにChatGPTの開発資金を提供したのが、業務ソフトウェアの巨頭、米国のMicrosoftであり、同社は3月、「Microsoft365」にChatGPTベースの対話型インターフェースを埋め込んだ「Microsoft365 Copilot」を発表した。ビジネスシーンで欠かせない文書作成や計算、プレゼンテーション用のソフトウェアを揃えた統合製品である「オフィススイート」の世界市場をMicrosoftと二分する米国のGoogleも、自社サービスに独自の対話型AIを順次統合していく計画を発表しており、対話型AIの産業化レベルが大きく前進する動きと言える。

これまで先端技術の導入は、どちらかと言えば製造や建設といった現場が中心であった。ChatGPTのような高度な能力を持つ対話型AIが、すでに広範に使われているオフィススイートに統合されれば、ホワイトカラーの業務は大幅に効率化すると期待される。日本だけでも労働者全体の54%、3,600万人超がホワイトカラーの仕事に就いており、幅広い労働者が恩恵を受ける(総務省「労働力調査」による2022年実績。「管理的職業」「専門的・技術的職業」「事務」「販売」に従事する労働者)。

使う側に求められるスキルとは

対話型AIは曖昧な指示であってもアウトプットを生み出す。「グラフを作って」と指示すれば、折れ線グラフを作るかもしれないし、円グラフを作るかもしれない。しかし、色調やフォントなども含めて本当に欲しいグラフを作ってもらうには、具体的な指示が必要だ。また、社内会議向けの資料と投資家や顧客向けの資料は必ずしも同じでよいわけではなく、その違いを対話型AIに文章で丁寧に教えてあげなければならない。つまり、対話型AIが学習した能力を十分に引き出すには、明確かつ詳細な指示文が欠かせない。こうした指示文のことを「プロンプト」、その技術を「プロンプト・エンジニアリング」と呼ぶが、必ずしも工学的な技術とは限らない。むしろ伝統的なビジネススキルに近い技術と言えるだろう。

自社や顧客企業が抱える課題を掘り下げる能力や、それらを概念化する能力、あるいは資料を提示する相手との関係性に対する認知力などが使い手に求められ、対話型AIが「読んで分かる」ための文章に落とし込む能力も欠かせない。そうした点で、入社したばかりの新人が対話型AI搭載のオフィススイートを使って作った資料と、経験豊富な先輩社員が同じソフトで作った資料では、後者の出来栄えが勝るとしても決して不思議ではない。

対話型AIの進歩は日進月歩であり、学習によってこうした使い手による差は解消されていくかもしれない。しかしビジネスが人間同士のやり取りである限り、使い手のビジネススキルが求められ続けることは不変の真実ではないだろうか。

 

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