かわいい土木

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2026年4月号 No 577

橋として生きるレンガの旧閘門

閘門橋 東京都葛飾区

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社)、本連載をまとめた『かわいい土木 見つけ旅』(技術評論社)


閘門といえば、水位差を乗り越える“船のエレベーター”としての役割で知られる。だが、明治半ばから後半に関東で建設されたレンガ造の閘門には、それ以外の主用途を持つものも多いという。役割を終えた今も橋として地域の役に立ち、しかも当時の生活史を伝えるガイドとしての役割を担う閘門橋の物語。

東京東部、葛飾区にある水元公園の西北端。バスを降りるとすぐ、レンガ造の立派な橋が見えた。その名は「閘門橋」。たもとの石碑には、「レンガ造アーチ橋としては、東京に現存する唯一の貴重な橋」とある。

▲「閘門橋」の銘板がはめ込まれた欄干。

橋ができたのは、1909年(明治42年)。当初の名は「弐郷半領にごうはんりょう猿又さるまた閘門」といった。弐郷半は現在の埼玉県三郷市付近、猿又は葛飾区のこの辺りにあった「猿ケ又村」を指す。閘門をつくったのは、弐郷半領よう悪水路あくすいろ普通水利組合。悪水とは排水のことで、農業用水の管理や利活用を行う地域住民の任意団体だ。

「ん? 閘門なのに橋?」と疑問に思ったあなた、お目が高い(笑)。そう、この橋はかつて閘門だったのである。というか、閘門の上部を人が通れるようにしてあった。そして、閘門としての機能が不要になった今、橋単独で第2の人生を歩んでいるわけだ。

「逆流を防ぐ閘門」が
関東に多いのはなぜ?

この閘門は、上流側と下流側でアーチの数が異なる非常に珍しい構造をしている。大場川の上流、水元公園側のアーチは四つ。下流に面した反対側には合計六つのアーチがある。なぜか。その理由は、閘門の用途と関係がある。

▲下流側には五つのアーチ(左の写真)、上流側には三つのアーチ(右の写真)があり、バルコニーの向こう側にもアーチが一つある。

これまでこの連載で紹介してきた閘門は、どれも「水位の異なる川の合流点を通過するための“船のエレベーター”」だった。船溜ふなだまりの両端に水門を設け、船が中に入った状態で片側ずつ門扉を開閉することで、水位を調整する。

これに対し、この閘門の主用途は「逆水止め」。つまり、洪水などで本流から支流へ逆流するのを防ぐための水門だ。閘門橋の石碑には「(閘門とは)水位・水流・水量などを調節するせきのこと」と説明されている。

閘門のある大場川の水は、通常は中川へ排出されるが、流量の多い中川の水が逆流すれば、一帯が水浸しになってしまう。そこで、下流側のアーチ前面に門扉を取り付け、逆流してくる水をブロックする仕組みだ。アーチの数を多くすることで、水圧が分散される。

興味深いのは、明治期に関東地方に建設された閘門に、「逆水止め閘門」の割合が高いことだ。話は1783年(天明3年)まで遡る。この年に起こった浅間山の大噴火によって、利根川流域の河川に火山灰や軽石などの噴出物が堆積。河床が上昇して、田んぼへの逆水が起こりやすくなったのだ。

小柄なブロンズ像は
「水の生活史」の名ガイド

閘門橋の下流側の外観で目を惹くのが、中央の大アーチの柱の上にちょこんと載った2体のブロンズ像だ。二人とも竿のような長い棒を持ち、腰を屈めている。閘門の大きさに比較するとずいぶん小柄で、ちょっとサイズ感がおかしいけれど、かえってそこがドボかわいい。

▲下流側から見た閘門橋。中央の堰柱の上には、身長70センチほどの一対のブロンズ像が、「角落とし」の様子を表現している。

石碑の説明によれば、「荒れ狂う風雨と必死に闘いながら閘門の堰板せきいたを差し込んでいる姿」だという。たしかに、今と違い人力で木の板を閘門の溝に落とし込んでいく「角落かくおとし」の作業は、とても大変で危険だったろう。作業員の足元まで押し寄せる濁流が目に浮かぶ。

現在は、大場川が中川に合流するすぐ手前に「新大場川水門」ができ、逆水はコントロールされている。また、1970年(昭和45年)には閘門橋のすぐ隣に道路橋「葛三かつみ橋」ができ、閘門橋は歩行者と自転車の専用道になった。この改修で、レンガアーチは原型のまま遺され、橋面上は修景工事が施された。ブロンズ像も、このときに設置されたようだ。

▲閘門の上部は人道橋として現役。

▲閘門橋から1キロちょっとのところにある新大場川水門。閘門橋は逆水止めの役割をこの水門にゆずった。写真左側が中川、水門側が大場川。

こうした土木遺産に、後から装飾を加えることには賛否があるかもしれない。しかし、立派な閘門の姿だけを見て、当時の人々の暮らしをイメージするのは難しい。一対のブロンズ像は、浅間山の噴火以来200年近く水害に苦しめられながら、閘門を築き、田畑を守り抜いた人々の生活史をリアルに想像させてくれる名ガイドなのだ。

 

●アクセス

JR常磐線金町駅から京成バス「戸ケ崎操車場行き」で約20分、「大場川」バス停から徒歩2分

 
 

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