連載

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2021年9月 No.531

“培われた技とこころからなるこだわりの作品”階段づくりのプロフェッショナル。

“培われた技とこころからなるこだわりの作品”
階段づくりのプロフェッショナル。

都心に建ち並ぶ高層建築物をはじめ、数多くの建物に使われる鉄骨階段。そんな鉄骨階段の専門メーカーとして、長きにわたり人びとの暮らしをつないでいるのが株式会社 横森製作所(以下:ヨコモリ)だ。“階段屋”と称されるヨコモリで溶接・組立を担う二人の職人──三浦さん、佐藤さんに話をうかがった。

三浦 貴史(みうら たかし)さん

1984年3月生まれ 埼玉県出身

極めるほどに奥深い。次へとつなげる“階段屋”の道。

都心のランドマークから競技場、超高層ビルから商業施設などまで、枚挙にいとまがないほど様々な建物の階段を手がけてきた。「階段づくりに携わった建物などがテレビに映ると“あの建物の階段もつくったな”と、仕事の記憶がよみがえってきます」と語る三浦さん。明るい口調でさらりと話すその様子とは対照的に、手がけるスケールはなんとも壮大だ。

「階段づくりの工程も様々ですが、部品としては一枚の鉄の板から始まります」。工場内で製作したササラ桁(階段の両端に設けられる板)と踏み板(足がのる段の板)を用いて、巧みに組立と溶接を行うのが三浦さんの仕事だ。「例えるなら、大きなプラモデルを作るような感覚です。組立や溶接のほか塗装なども行うため、クレーンの技術も不可欠です」。さらに、温度変化によって鉄は生き物のように姿を変える。「溶接したものは温度が落ち着くにつれ、縮んだり変化したりします。確実に規格に沿ったものができるよう、予測・把握して作業を行うことが大切です。なによりも経験ですね」と三浦さん。「溶接機の扱い一つにしても、半年ほどかけることである程度の上達は望めます。ただ、経験を重ねるほど知識も深まり、自身の仕事の粗さが見えてくるもの。極めていけばいくほど、自分にとって納得のいくレベルも高くなるものです」と、自らの仕事にも厳しい目を向けるその姿勢は、まさに階段づくりのプロフェッショナルだ。

今後の抱負をうかがうと「次の世代のことを考えなければと思います」と、佐藤さんたち後輩に視線を向ける。「若手や技能実習生たちが実力をつけていけるよう、良い形でサポートしていきたいです。入社当初は“大丈夫かな?”と感じる若手もいますが(笑)ある瞬間から大きく成長するのもたくさん見てきましたから」。三浦さんの温かな眼差しは、次の未来につながっている。

 

佐藤 正和(さとう まさかず)さん

1994年9月生まれ 埼玉県出身

積み重ねてきた技術が、ものづくりを楽しむチカラに。

「ヨコモリのホームページでふと目に入った“階段屋”という言葉に興味を惹かれたのが入職のきっかけでした」と話す佐藤さん。入社して最初についた上司が三浦さんだった。「三浦さんからこの仕事の実践的な部分を学ぶと共に、ベテランの先輩職人から溶接などの技術を習い、とにかく練習を積み重ねました」。周りから“練習のしすぎ”と怒られるほど修練を続けたことが、今につながっているという。「私は普通科の高校出身で、専門的な技術や知識は入社してから身につけたものです。そのぶんしっかりと習得に励んだので、特に溶接に関しては同年代には負けません!」と自信をのぞかせる。

現在は自ら手を動かしながら工程の管理も担う立場になったが、佐藤さんに過度な焦りはない。「らせん階段や複雑な意匠の階段などを手がける際は、完成に至る道のりは険しいものの、気持ちは非常に充実しています。技能実習生たちに指導しながら一緒になってものづくりに取り組むので、完成後にはみんなで記念写真を撮るなど、一体感も生まれて楽しいですね」と笑顔を見せる。「難しいものであればあるほどやりがいを感じる性格なので、今後も常に新しいものづくりに挑戦していきたいです」と抱負を語る。それと同時に、周りから学ぶことも忘れない。

「三浦さんのように二歩三歩、先を見つめて仕事をする姿勢を身につけたいし、引き続きベテランの先輩職人から技術面でも管理の面でも学びたいことがたくさんあります。そうした皆さんとの仕事を通して、これからも積極的に良いものを吸収していきたいです」。

製品の立会検査が終わった際などに、お客さまやゼネコンの方からかけられる「ありがとう」というお礼の言葉が何よりもうれしいと語る佐藤さん。その目には、“階段屋”としての熱い矜持が見える。

 

階段づくりを通して、人びとの暮らしをつなぐ“階段屋”。その技と想いは、新たな世代へとつながり飛躍していく。

取材協力: 株式会社 横森製作所

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