日本経済の動向
ウクライナ停戦の行方と欧州への影響

2022年から続くロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギー価格の高騰を通じて欧州経済に打撃を与え、製造業は空洞化のリスクに直面している。一方、ロシア・ウクライナ間の交渉は難航しているものの、26年中に停戦が実現する可能性もある。そこで今回は、ウクライナ停戦が実現した場合に予想される欧州への影響について解説する。
ウクライナ停戦は2026年中に実現するか
2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、5年目に突入した。米トランプ政権は25年を通じて停戦に向けた仲介の努力を続けたが、まだ実現していない。停戦交渉のポイントは、①領土問題、②戦後ウクライナの安全保証のあり方の2点に絞られつつあるが、これらを巡るロシア・ウクライナ間の隔たりは大きい。停戦が早期に実現する可能性はまだ低いと言わざるをえない。
もっとも、米国・ロシア・ウクライナそれぞれの事情を考慮すると、26年中の停戦もありえない話ではない。中間選挙を11月に控えたトランプ大統領は、ウクライナ支援縮小や停戦仲介の取りやめをちらつかせながら、双方に合意を迫ると予想される。人的・物的消耗が激しくなる中で、ロシア・ウクライナ双方とも米国が仲介から手を引くことは望んでいない。それぞれに戦闘を早期に終結したい事情があるため、26年中に停戦が実現する可能性は相応にあると言えよう。
欧州のエネルギー問題は解決せず
ロシア・ウクライナ間の停戦が実現した場合に何が起きるか。今回の侵攻によってもっとも大きい影響を受けたのは、当事国を除くと欧州であったことは間違いない。ここでは、欧州の視点からウクライナ停戦が実現した場合の影響を論じる。
ロシアのウクライナ侵攻で欧州経済が大打撃を受けたのは、大量のエネルギー、特に天然ガスをロシアから輸入していたためである。ロシアは今でも世界第2位の天然ガス産出国(1位は米国)だが、ウクライナ侵攻前は欧州が最大の輸出先だった。侵攻後に天然ガス市況が急騰したことに加え、ロシアがパイプライン経由のガス供給を絞ったため、欧州は急激なエネルギーコスト上昇と燃料不足に見舞われた。欧州各国は米国・カタールなどからのLNG(液化天然ガス)輸入に切り替えたが、産業用電力価格は上昇し、ドイツを中心に鉄鋼・非鉄・化学などエネルギー多消費産業が打撃を受け、工場閉鎖や海外移転による産業空洞化のリスクに直面している。
停戦が実現した場合、各種制裁が解除され、ロシアは西側諸国へのエネルギー輸出を再開することが可能になる。しかし、ロシアにエネルギーを依存するリスクを痛感したEU(欧州連合)は、27年末までにロシア産ガスの輸入をゼロにする方針を昨年決定した。EUがこの方針を覆してロシア産ガスの輸入を再開するとは考えにくく、それはEUにとって当面エネルギーコスト高を甘受せざるをえないことを意味する。欧州が抱えるエネルギー問題が短期間で解決に向かうことはなさそうだ。
復興の一方で、ファイナンス上の課題も
停戦後には戦闘で荒廃したウクライナ国土の復興が始まる。世界銀行による25年2月時点の試算では、復興には10年間で5,236億ドル(約81兆円)の費用を要する。これはEUの名目GDPの2.7%に相当し、各年のGDPを0.2~0.3%Pt押し上げる可能性がある。コロナ禍とウクライナ侵攻による落ち込みからの回復途上にある欧州経済にとっては追い風となりそうだ。
一方で、膨大な復興費用をだれがどう負担するか、ファイナンスの問題は解決していない。EUは総額500億ユーロ(約580億ドル)の「ウクライナ・ファシリティー」を通じた支援のほか、ウクライナの資金繰り支援のため900億ユーロ(約1,050億ドル)の融資供与を決定した。しかし、5,000億ドルを超える復興費用には足りない。ウクライナへの支援額が膨らむことに対しては、ハンガリーを筆頭に東欧諸国の間で反対する動きが強まっており、追加の資金拠出は難しくなりつつある。
まとめると、停戦が実現しても、EUがロシアとの関係を侵攻前に戻すことはありえず、ロシアからのエネルギー輸入停止と有事に備えた軍備拡張を粛々と進めるとみられる。したがって、欧州のエネルギーコストが侵攻前の水準に低下することは期待できない。また、ウクライナ復興がEU経済の押し上げ要因になるのは確かだが、金額面での負担が大きく、EU域内の政治を不安定化させる要因にもなりうる。ロシアのウクライナ侵攻が残す爪痕は、長きにわたって政治・経済の両面で欧州の悩みの種となりそうだ。
※本コーナーは、今号が最終回となります。
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