日本経済の動向

日本経済の動向
2025年6月号 No.569

世界を揺るがすトランプ関税政策

市場で警戒されるマール・ア・ラーゴ合意 みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部 主席エコノミスト 武内浩二

予想を上回るトランプ関税政策は金融市場に大きな混乱をもたらした。市場では、関税の次に、マール・ア・ラーゴ合意と呼ばれる通貨政策(ドル安誘導)への懸念もくすぶっている。追加関税と円高が重なれば、輸出企業にとっては大きな痛手になる。そこで今回は、米国の関税・通貨政策の動向と、わが国の企業の対応について解説する。

トランプ関税政策で金融市場は大きく混乱

米国のトランプ大統領が4月2日に発表した相互関税は、世界185カ国に対して一律10%の関税追加をかけ、さらに対米貿易黒字額が大きい国に対して11~50%とより高い関税をかけるというものであった(日本は24%)。一律関税は4月5日に発効し、より高い相互関税は、中国を除いて90日間の猶予期間が設けられた。中国は早々に報復関税などの対抗措置を取ったため、米中報復合戦の様相を呈する形で、対中関税率は34%から125%に引き上げられた(既発効分と合わせて追加関税は145%)。

こうした相互関税の内容は予想を上回るものであったため、世界経済減速への不安から金融市場は動揺し、投資家のリスク回避姿勢から株価は急落、為替市場では円高・ドル安が進行した。また、日銀の追加利上げが先送りされるとの見方から長期金利も急低下した。

関税の引き上げは、輸出減少やインフレによる購買力の低下を通じて景気の下押し要因となる。既に発効している鉄鋼・アルミニウムや自動車などへの関税に、相互関税(猶予分も含む)を加えたトランプ関税による経済への影響を機械的に計算すると、各国GDP成長率への影響は米国が▲2.1%Pt、中国が▲2.5%Pt、日本が▲0.9%Ptとなった(みずほリサーチ&テクノロジーズによる試算)。

関税をかけられた国だけではなく、関税をかけたほうの米国も景気の悪化要因となり、さらにインフレも加わったスタグフレーションも懸念されている。それにもかかわらず、トランプ政権が関税政策を進めるのはなぜだろうか。

 

市場が警戒するマール・ア・ラーゴ合意とは

トランプ政権が関税を引き上げる目的は、当初市場で想定されていたディール(取引)の手段に加え、減税のための財源確保、貿易不均衡の是正による米国製造業の復活である。

特に製造業の復活は、ベッセント財務長官やミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長など、経済政策の主要メンバーも指摘しており、実際に可能かどうかは別として、トランプ政権は本気で目指していると考えるべきであろう。したがって、ディールによって関税率は今後も変わり得るが、減税の財源という面も含めて、少なくとも一律関税が撤回される可能性は低いだろう。

製造業復活のための政策として、関税の次に市場が警戒しているのが、「マール・ア・ラーゴ合意」と呼ばれる通貨政策である。マール・ア・ラーゴ合意とは、ミランCEA委員長が、就任前の2024年11月に発表した論文で示した、1985年のプラザ合意のような多国間通貨協定である。ミラン氏は論文の中で、マール・ア・ラーゴ合意は21世紀版の多国間通貨調整モデルであり、米国が提供する「安全保障の傘」と国際金融システムを結びつけ、ドルの価値を調整しつつ、世界の貿易構造を再編することを目指すとしている。

具体的には、経済安全保障や関税を活用し、為替介入によってドル安を促進させ、その際、米国債の価格下落を抑制するため、他国が保有する米国の短期債を超長期債(100年債など)にシフトさせるといったことなどが挙げられている。

 

為替相場への示唆とわが国の企業の対応

米国の貿易赤字構造を転換するためには、上記のような通貨協定に、中国やユーロ圏の参加が必要であるが、実際のハードルは高いといえよう。一方、関税を使ったディールの一環として、米国が各国にこうした協定への参加を促すことは考えられる。特に日本に対しては安全保障面も含めて圧力をかけてくる可能性はあろう。実際にこうした協定を米国が提示してくるかは不透明であるが、そうした思惑がくすぶり続けるなかで、ドル安基調が続き、想定以上に円高となるリスクも考えられる。

前述のように、追加関税の継続は避けられず、さらに円高が進むとすれば、輸出企業にとってはダブルで収益にマイナスのインパクトを与えることになる。トランプ政権の政策が、グローバリゼーションの転換点となりつつあることを踏まえると、各企業はこうした状況に合わせたサプライチェーンの見直しや、事業戦略の再考が必要になってくるだろう。

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