建設経済の動向

建設経済の動向
2025年6月号 No.569

南海トラフ新想定が突きつけた防災の難題

日経クロステック 建設編集長 佐々木大輔

政府が南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を公表した。最悪の場合、死者は約29万8000人、経済被害は約292兆円に上る。前回2013年の想定から死者数は約1割減ったが、被害額は増えた。巨大災害にどう対峙していくか、浮き彫りになった課題を今後の政策動向と併せて考えたい。

政府の中央防災会議に設けた「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」は2025年3月31日、南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を発表した。最悪のケースで、死者は約29万8000人、建物の全壊または焼失は約235万棟に上る。今後30年以内に約80%の確率で発生するとされる巨大災害にどう対峙するか、課題が改めて浮き彫りになった。

新想定で見積もった被害額は最大で292兆3000億円。前回想定の220兆3000億円から72兆円悪化した。分析の精度向上や近年の建設費高騰を反映し、住宅やインフラに関する被害額の増加が目立った。

新想定では、東日本大震災や能登半島地震の被害を踏まえ、災害関連死が最大5万2000人に上るとの推計も初めて示した。発災1週間後時点で避難所避難者数は最大650万人に上ると推計している。

2025年の被害想定における、揺れによる被害が最大となる「陸側ケース」の震度分布図。震度7の揺れが見込まれる市町村の数は149。
13年想定の143市町村から増加した(出所:内閣府)

 

「リソース不足等の困難な状況が想定」
人口減少・高齢化にいかに備えるか

建設実務者は、この数字をどう受け止めたらよいか。政府が2014年に南海トラフ地震防災対策推進基本計画で掲げた「死者数を概ね8割減少、建物の全壊棟数を概ね5割減少」という減災目標には遠く及ばなかった。計画通りではないのは現実だが、防災対策はハード面・ソフト面で着実に進んでいる。それぞれの立場で今後の対策にどう生かしていくかという視点で、冷静に考えることが必要だろう。

防災対策の進捗状況を見ると、例えば、代表的な指標の1つである住宅耐震化率は2023年で約90%(推計値)。2013年の約82%から10年間で8ポイント進展した。一方で、住宅の耐震化率を詳細に読み解くと、都市部と過疎地域の格差が鮮明になっていることが分かる。

国土交通省が2024年11月に公表した市区町村別の住宅耐震化率のデータ(算定時期は自治体別に異なる)では、北海道や四国、九州などで耐震化率50%を下回る自治体が目立った。日経クロステックが、各地の人口と高齢化率を組み合わせて独自に分析したところ、高齢化率が高いほど耐震化率が低い傾向を確認できた。地域の実情に応じたきめ細かな対応が求められよう。

65歳以上の高齢者が占める割合を示す高齢化率と、住宅耐震化率の相関を調べた。高齢化率が高い自治体ほど耐震化率が低い傾向がある(出所:国土交通省と総務省の資料を基に日経クロステックが作成)

中央防災会議ワーキンググループの報告書では、この10年間の情勢変化として人口減少・高齢化の進展、建設業従事者の減少、物価高などを列挙。要配慮者・要支援者が増加する、支援が届くまでに時間がかかる、防災対策費が増大するといった影響が想定されると指摘している。

報告書では、「超広域かつ甚大な被害が発生する中で、リソース不足等の困難な状況が想定される」と言及。被害の絶対量低減、被災者の生活環境の整備、防災DX(デジタルトランスフォーメーション)による災害対応の高度化などが求められると訴えた。

防災・減災はいま転換点にある。政府は2025年4月1日、首相官邸で国土強靱化推進本部を開催し、国土強靱化実施中期計画の素案を公表した。事業規模は2026年度から5年間で20兆円強とし、南海トラフ地震をはじめとする大規模災害対策を進める方針だ。防災のアップデートへ、新たな知恵と工夫が求められている。

【冊子PDFはこちら

関連記事

しんこう-Webとは
バックナンバー
アンケート募集中
メールマガジン配信希望はこちら