日本経済の動向

日本経済の動向
2024年7・8月号 No.560

米国で問われる企業と政治の距離感

大統領選挙に向けた米国企業の深謀遠慮 みずほリサーチ&テクノロジーズ 調査部長 安井明彦

大統領選挙が近づく米国で、企業が政治との距離感に知恵を絞っている。減税や規制緩和などでは、トランプ前大統領が属する共和党への期待があるが、多様性への寛容さといった社会的な論点では、若い世代の顧客や従業員の価値観がバイデン大統領の民主党に近く、企業が旗色を鮮明にすることにはリスクもある。今回は、政治と企業の関係について、米国の近況を解説する。

トランプ氏は規制緩和を企業に約束

2024年11月5日に投開票が行われる米国の大統領選挙では、現職で再選を狙う民主党のバイデン大統領に、共和党のトランプ前大統領が挑んでいる。政権交代の可能性もあるなかで、米国でビジネスを行う企業にとっては、政治との距離感を改めて見つめ直す機会となっている。

トランプ氏は政権交代による利点を強調して、企業に政治献金などでの貢献を求めている。トランプ氏は減税や規制緩和を公約しており、これが企業にとってプラスになる、というのが同氏の主張である。とくにエネルギー産業などには、廃止して欲しい具体的な規制があれば、選挙前に同氏に提案するよう呼び掛けていると報じられている。

バイデン政権による規制の強化は、米国企業の悩みの種になってきた。24年1月のバイデン政権発足から24年5月初めまでに施行された規制が経済に与える負担は約1.6兆ドルと、4年間の任期を通算しても約400億ドルだったトランプ前政権を大きく上回っている。自動車や火力発電所の排ガス規制といった気候変動対策関連の規制をはじめとして、割増残業代の対象となる労働者の範囲を拡大するなど、さまざまな規制が導入されてきた。

もっとも米国の企業には、トランプ氏の政策への懸念もある。同氏が公約する高関税や移民に対する厳しい姿勢は、ビジネス界の利益とは必ずしも一致しない。気候変動対策についても、バイデン政権による規制強化への反発はある一方で、二酸化炭素の回収やクリーン水素の生産など、新しい技術の開発や普及に対する支援には、エネルギー業界からも継続を求める意見が強い。

 

企業が問われる社会的な論点での立ち位置

企業がトランプ氏や共和党との関係を考える際に難しい判断となるのが、人種や性的少数者(LGBTQ+)など、社会的な論点に関する立ち位置である。

米国では社会的な論点で党派間の対立が強く、企業も有権者から立場を鮮明にするよう求められる場合がある。22年6月に米国ギャロップ社が行った世論調査では、回答者の約半数が、企業が社会的な論点で態度を鮮明にすることを希望しており、特に30歳未満の若い世代では、その割合が約6割にのぼった。党派対立の深刻化による政治の機能不全から、有権者が企業にリーダーシップを期待するようになったためともいわれている。

米国では、社会的な論点に関しては、若い世代ほど多様性に寛容な傾向が強い。これはバイデン氏が属する民主党の価値観に近く、企業が共和党のトランプ氏に近い印象を持たれることは、若い世代の顧客や従業員を中心に、ネガティブな印象を与えかねない。24年1月に米国ハリス社が、米国で認知度の高いトップ100企業に関して行った世論調査でも、民主党の価値観に近いとみられる企業の方が、共和党に近いと感じられている企業よりも、有権者の評価が高いという結果がでている。

 

慎重に距離感を測る米国企業

とはいえ、あまりに民主党に近いスタンスを明確にすれば、共和党に近い考え方の顧客や従業員から反発を受けるリスクがある。前述のハリス社の調査でも、昨年の調査との比較では、民主党に近い印象を持たれている企業の方が評価を落としており、企業が民主党に傾斜することに対し、有権者が懐疑的になり始めている気配がある。

それでなくても米国の企業は、批判を受けやすい環境にある。米国では物価の高止まりで生活実感の改善が遅れており、企業の「強欲さ」がやり玉にあがりがちだ。前述のハリス社の調査でも、物価や賃金の観点で、昨年より企業に対する評価を下げた、とする回答が多かった。党派による意見の対立が強い社会的な論点と違い、物価高を問題視する点で二大政党に違いはなく、どちらの政党に近づいても守ってもらえる保証はない。無理に味方を作るよりは、敵を作らない方が得策という判断もあるだろう。

実際に、米国の企業は政治との距離感を慎重に測ろうとしているようだ。例えば、社会的な論点のなかでも、とくに今回の大統領選挙では、人工妊娠中絶の権利が大きな論点となっているが、企業による発言はそれほど活発ではない。旗色を鮮明にしすぎることなく、いかに自社のビジネス戦略に適した立ち位置を見つけていくのか、米国企業のしたたかな模索が続いている。

【冊子PDFはこちら

関連記事

しんこう-Webとは
バックナンバー
アンケート募集中
メールマガジン配信希望はこちら