名建築のつくり方

名建築のつくり方
2023年5月号 No.548

スイートポテト形の曲面壁、合理的に立てる方法は?

A アンサー    2. 折りたたんでジャッキアップ

「なら100年会館」は、奈良市制100周年を記念して、JR奈良駅西側に1999年に開館した多目的ホールだ(竣工は1998年)。約1500人を収容する大ホールと、全面がガラス張りの中ホールなどで構成される。設計者は昨年末に亡くなった磯崎新氏(1931~2022年)。

平面形は長径138m、短径42mの細長い楕円形で、壁面はクロソイド曲線を用いた3次元曲面。鉄骨で補強された厚さ100mmのプレキャストコンクリートでできている。外部の仕上げには、瓦風の黒いタイルを取り付けた。「世界に発信する“文化の船”」をイメージしたとのことだが、完成したときに筆者は、巨大なスイートポテトを連想した。

クロソイド曲線というのは、曲率を一定割合で変化させ続けることで描かれる軌跡のこと。簡単に言うと、うずまきのラインだ。「クロソイド(clothoid)」という名称は、人間の運命の糸を紡ぐとされるギリシア神話の女神クローソーに由来する。博学の磯崎氏がいかにも好みそうなモチーフだ。

安全な地上で「地組み」

この施設はそんなデザインのうんちくよりも、むしろ構造・施工面で記憶されるべき建築だ。単純に見えて簡単にはつくれないこの外壁。その施工のために、「パンタドーム構法」と呼ばれる手法が用いられた。

構造家の川口衞氏(1932~2019年)が考案した構法で、「パンタグラフ」から名付けた。パンタグラフは、もともと菱形に収縮する製図用具のことで、電車の集電装置のような収縮機構もそう呼ばれるようになった。

この構法では、折れ曲がった状態の部材を同時に持ち上げて形をつくる。地組み(地上での組み立て)が中心となるので、高所作業を大幅に減らすことができる。地組み時に仕上げを先付けしておけば、工期短縮も図れる。

少し難しい説明になるが、構造的に見ると、ドームは本来、アーチとフープ(たが)の相乗効果で安定した構造体となっている。そこからフープ作用を一部除去。ヒンジを介して折れ曲がった部材をジャッキなどで完成形状まで押し上げる。最後に、いったん除去しておいたフープ材を取り付けて完成だ。

この構法が初めて使われたのは、1984年に神戸市に完成した「ワールド記念ホール」(設計:昭和設計)。磯崎氏は、まずは1990年にスペイン・バルセロナに完成した「サンジョルディ・パレス」でこれを用いた。

サンジョルディ・パレスは1992年に開催されたバルセロナ・オリンピックのメイン室内競技場として計画された施設だ。大屋根のスパンは128×106m。合理性と経済性の観点から、当初からパンタドーム構法を前提に設計が進められた。

川口氏と磯崎氏は同世代。川口氏は、「建築家の磯崎新氏も、建築造形には建設に用いた架構手法が反映されるべきだとの観点から、完成後の建物のかたちがパンタドーム構法によるリフトアップ中の形を彷彿させるような建築造形を採用した」と記している。確かに、屋根がなめらかな曲面ではなく、途中で段状にふくらむ形となっている。

奈良では内部でヒンジを見せる

サンジョルディ・パレスの施工のプロセスを見ると、我々が電車のパンタグラフからイメージするものからはやや遠い。対して、1997年12月に行われた「なら100年会館」のジャッキアップは、電車のパンタグラフそのものに見える。

外周を228に分割し、それぞれのパネルを楕円形の屋根部とともに地上で組み立てる。これを4台のジャッキで、6日間かけて13.4m押し上げた。総重量は4700トン。

施工時に折れ曲がっていた部分は、完成後に外から見ても分からない。だが、建物内(中ホールホワイエなど)から見ると、その痕跡であるヒンジがよく見える。磯崎氏らしいエンジニア・リスペクトと言えよう。

 

参考文献・資料:
なら100年会館サイト、奈良市サイト、川口衞構造設計事務所のサイト、『新建築』1990年11月号、同1999年2月号

 

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