連載

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2018年2月号 No.495

かわいい土木 華麗な都市景観の足下を支え続けて1世紀

東京の明治神宮外苑の中の道路は、大正末に当時最新鋭の工法でアスファルト舗装が施された。聖徳記念絵画館前に、今もその一部が現役の車道として残っている。現在の一般的なアスファルト舗装の寿命をはるかに上回る“長老”には、ドボかわいいというよりもむしろ「ドボかっこいい」という言葉がふさわしい。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


東京に暮らす人は、「絵画館」と聞くとすぐ、イチョウ並木の奥にドーム屋根の荘厳な建物を見通す風景を思い浮かべるのではないだろうか。テレビや新聞のニュース番組では、季節ごとに必ずと言っていいほど使われるシーンだ。
直進道路の突き当たりに記念碑的な建物などが見える眺めを「ビスタ景観」と呼ぶ。パリのシャンゼリゼ通りの先にドンと構える凱旋門や、オペラ座通りの先に見えるオペラ座などに代表されるように、ゴージャスで優美な風景だ。
明治神宮外苑の聖徳記念絵画館前も、ヨーロッパのような美しい景観で人気の観光名所になっている。だが、その足下の道路が、現存する日本最古級のアスファルト舗装であることは、恐らくあまり知られていない。

聖徳記念絵画館と歩道、車道は大正時代に一体的に整備された。
絵画館には、西郷隆盛と勝海舟の会談風景を描いた、歴史教科書でおなじみの「江戸開城談判」の壁画も展示されている。

グレーチング(排水口の蓋)もなんだかおしゃれ。建物の軸線と位置を合わせたという細やかさに脱帽する。

深い皺を刻んだ舗装面。ポットホール(穴)などはほとんど見当たらない。

サクラ御影石の歩道敷石は端正な表情。

生きてきた歳月を刻む深い皺

ある晴れた冬の午後、絵画館前を訪れた私は思わず「!」となった。土木学会選奨土木遺産にも認定されている貴重な舗装の上を大勢のランナーが土足で駆け抜けていく。スポーツ用品メーカー主催のランニングイベントのスタート&ゴール地点になっていたのだ。
もちろん、ランナーたちには何の非もない。だが、彼らに容赦なく踏みつけられているのは、施工から1世紀近く頑張ってきた長老の舗装だ。つい「もう少しいたわってあげて」と思ってしまう。そんな心配をよそに、舗装は表面に深い皺をたたえながら、平然と重みに耐えていた。

絵画館前通りから建設中の新国立競技場が見える。古い舗装との対比が面白い。

大勢のランナーが走っても舗装はびくともしない。

明治神宮外苑は、明治天皇の遺徳を後世へ伝えることを目的として、1926(大正15)年につくられた西洋庭園だ。敷地内には、在世中の出来事を描いた壁画を展示する聖徳記念絵画館のほか、神宮球場や建て替え中の国立競技場などがある。
絵画館を囲む楕円形の周回道路は、ビスタ景観を形作る直進道路で青山通りと結ばれている。これらの苑内道路は外苑の建設と同時に整備されたもので、交通と美観に配慮して電線や水道管、配水管、ガス管などをすべて地下埋設としている。
舗装には、アメリカのワーレンブラザース社が1900年頃に特許を取得した「ワービット工法」を日本で初めて採用した。周回道路を横切る絵画館前通りに現存しているのが、このとき施工された舗装の一部だ。

体を張って丈夫さを今に伝える

ワービット工法の正式名称は「ワーレナイト・ビチュリシック工法」という。ビチュリシックは「ビチューメン」、すなわち瀝青(れきせい=天然アスファルト)を指す。
この工法は、粒の粗さの異なる2種類のアスファルト混合物を重ねて敷き、2層を同時に転圧して仕上げることが特徴。アスファルトが少量ですむため工事費が安価なうえ、耐久性が高いことから、その後、阪神国道や皇居前道路など広く採用された。ところが、1950年代に機械化が進むと、機械の特性に依存して1層ずつ敷き均す工法が普及。ワービット工法は歴史の中に埋没していった。
しかし、消えたかと思われた2層同時舗装の工法は、形を変えて現代に蘇り、今再び脚光を浴びている。都市型洪水の対策として普及しつつある2層排水性舗装もその一つ。また、インフラ長寿命化のニーズからも見直され、新材料との組み合わせによる耐久性のさらなる向上が研究されている。
一般に、アスファルト舗装の寿命は10年から20年。2018年で93歳を迎える絵画館前通りは、けなげにも体を張って2層同時舗装の丈夫さを実証している。

新宿区土木部による説明板に、ワービット工法の施工時の写真があった。

説明板には、1993年に採取した舗装断面の実物が埋め込まれている。


アクセス

聖徳記念絵画館前通りへはJR総武線信濃町駅から徒歩5分。直進道路入口へは地下鉄銀座線・都営大江戸線青山一丁目駅、銀座線外苑前駅からそれぞれ5分。

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