連載

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2022年11月号 No.543

金属供出をまぬがれ生き残った飛行塔

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。
広報研修講師、社内報アワード審査員。著書『土木技術者になるには』(ぺりかん社刊、2022.4発刊)


大阪府と奈良県の境にある生駒いこま山。今から93年前、その山頂に遊園地がオープンした。子どもたちの人気の的は飛行塔。アクセスのため、急勾配を昇ることのできるケーブルカーもつくられた。戦時中の金属供出を奇跡的にまぬがれた飛行塔とケーブルカーを見に、生駒山上遊園地を訪れた。

複葉機型のかわいいゴンドラが、塔の周囲を回りながら空へ向かってぐんぐん上がっていく。足元に広がる大阪平野。海は霞んで見えないけれど、風は澄んで爽やかだ。反対側に回ると、今度は奈良盆地が一望できる。最高点に達したゴンドラは、ゆっくりと螺旋を描いて降りていく。

▲生駒山上遊園地の飛行塔からの眺め。晴れた日には大阪城や大阪湾、明石海峡大橋まで見えるという。

▲生駒山上駅から遊園地へ向かうスロープ。平日の午前中でも親子連れなどで賑わっていた。

生き残りの秘密は見晴らしのよさ

生駒山上遊園地が開園したのは1929(昭和4)年。飛行塔は当初からあり、93年たった今も、骨格は元のままの姿で現役として動いている。現存する大型遊具の中で日本最古だという。

私が30年以上ぶりに遊園地なる場所へやってきたのは、この飛行塔が2021年度の土木学会選奨土木遺産に認定されていたからだ。このニュースを聞いたとき、「遊具が土木遺産?」と少し驚いた。だが考えてみれば、遊具とはいえ高さ30m、直径20mの鉄塔だ。ドボかわいくも、れっきとした土木構造物なのだ。

設計者の土井万蔵は、「大型遊戯機械の父」と呼ばれる機械技術者。輸入が主体だった大型遊具の国産化を手掛けたパイオニアで、飛行塔を創案したのも土井だといわれる。

土井の設計による飛行塔は全国各地に設置されたが、残っているのはこの1基だけ。というのは、第二次世界大戦の際、鉄製の遊具のほとんどは、国に供出させられたからだ。

ではなぜ、この飛行塔だけが難を逃れたのか。乗り場に掲げられた選奨土木遺産のプレートに、その理由が刻まれていた。該当箇所を引用しよう。「戦時中には生駒山上に海軍基地が設置され、物資不足で日本中のあらゆる金属が回収されていく中、飛行塔は軍の防空監視所として使われたため、奇跡的に存続しました」。

生駒山上遊園地は名前のとおり標高642mの生駒山の山頂にあり、飛行塔からは陸地も空も見渡せる。防空監視所にはうってつけだったのだろう。といっても、ゴンドラに乗って回りながら敵機襲来を監視したわけではない。飛行塔の上部には展望台が設けられており、そこを利用した。ゴンドラと塔に内蔵されていたエレベーターは取り外されたという。

▲飛行塔の全景。戦時中に展望台が防空監視所として使われた。
かつて塔の内部には、ゴンドラとつながったエレベーターがあり、
ゴンドラが上昇するとエレベーターが下がる仕組みだった。

鉄道会社の需要喚起策としての遊園地経営

選奨土木遺産には、飛行塔と同時に、遊園地へのアクセス路である「近畿日本鉄道生駒鋼索線(生駒ケーブル)」も選ばれている。

生駒ケーブルは、生駒鋼索鉄道が敷設した日本初のケーブルカー。役行者えんのぎょうじゃが開いたとされる古刹、宝山寺へ参拝する人たちのために1918(大正7)年、鳥居前駅から宝山寺駅間1kmの宝山寺1号線が開業した。

設計したのは、近鉄の前身である大阪電気軌道(大軌)の電気技術者、大戸武之。国内に前例のない中、海外の文献を集め、苦労して設計したという。完成した生駒ケーブルは、珍しさもあって、年間300万人の乗客を集めた。4年後には大軌が生駒鋼索鉄道を合併し、宝山寺2号線を追加。生駒ケーブルができて急増した宝山寺の参拝客に対応するためだ。

日本の私鉄の草創期は、このように以前からあった寺社や観光地へ向けて路線を延ばすのが常だった。そして次第に、自ら遊園地などを開設し、需要を創出していくようになる。

この手法の例としては、実業家・小林一三率いる阪急電鉄が明治末、宝塚に温泉と遊園地、大劇場を開発したのが有名だ。関東でも、閉園した二子玉川園や向ヶ丘遊園、としまえん、存続している西武園ゆうえんちなど、どれも電鉄系の遊園地だ。

大軌もまた、この流れに乗って生駒山上遊園地をオープン。開業に合わせて、宝山寺駅から生駒山上駅間1.1kmの生駒ケーブル山上線を新設した。

海軍基地が置かれたことで奇跡的に生き残った飛行塔。戦時中は鉄道レールも供出対象であり、基地がなければ生駒ケーブルも廃線になっていたかもしれない。そんな時代が二度と訪れないことを祈りつつ、下りのケーブルカーに乗り込んだ。

▲宝山寺駅に停車中のケーブルカー。車両は6種類あり、この車両の愛称はミケ。

▲ケーブルカーからの眺望は抜群。宝山寺線は13度、山上線は18度という急勾配だ。

▲生駒山上駅。ケーブルカーの運転は、画面左側の運転室で行う。

▲2台の車両は井戸のつるべのようにケーブルでつながっており、複線部分ですれ違う。

●アクセス

近鉄生駒駅から鳥居前駅へ歩いて生駒ケーブルに乗り換え、宝山寺駅で乗り継いで終点の生駒山上駅へ。
駅のすぐ前に遊園地の入口がある。

 
 

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