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大阪・関西万博で探る“建設の近未来” 建設関係者が知っておきたい5テーマ・12施設
開幕前には批判的な声が多かったものの、開幕後は多くの人でにぎわっている「大阪・関西万博」。会期は10月13日まで。行こうかどうしようかと迷っている人も多いだろう。いずれにしても建設関係者であれば、この万博でどんな“未来の種”が撒かれたのかは知っておきたい。連載「クイズ 名建築のつくり方」でおなじみの画文家・宮沢洋氏が注目施設を厳選してリポートする。
仕上げでも構造でも可能性は大
この万博で建設関係者がまず見ておきたいのは、「3Dプリンター」の可能性だ。小さな模型ではよく目にするようになった3Dプリント(積層造形)の技術だが、「建築」と呼べる大きさのものを目にする機会はまだほとんどない。
本万博で、施設の顔となる部分を3Dプリンターで施工したものは3つある。インパクトの強さでは、まず「トイレ7」だ。上の写真がそれである。筆者が見たのが夕方だったこともあり、グネグネの壁に反射する夕日が複雑でとてもきれいだった。近くで見ると、半透明の材料が細かい層で積み上がっている。こんな素材感は建築では見たことがない。
このトイレは若手3人によるチームが設計した。HIGASHIYAMA STUDIOの鈴木淳平氏、farmの村部塁氏、NODの溝端友輔氏だ。本万博では、公募型プロポーザルで選出された若手建築家20組が休憩所、ギャラリー、展示施設、ポップアップステージ、サテライトスタジオ、トイレを分担して設計した。参加資格の1つに「1980年1月1日以降生まれの人とする」という条件があったため、選ばれたのは30代~40代前半の建築家たちだ。
その若手20組のトイレの1つがこれだ。トイレ本体は鉄骨造だが、周囲に樹脂(ポリカーボネート)を3Dプリントしたパネルをつなげて仕上げとした。閉幕後にパネルを粉砕してペレット加工すれば、3Dプリンターの材料として再び使える。3Dプリンターというと、すぐに「新しい構造」と結びつけてしまうが、仕上げに徹してこういう新表現を探る可能性もありそうだと気づかされる。
「トイレ7」(上の写真も)。南側の「ウォータープラザ」の前に立つ。外装は工場で3Dプリントしたポリカーボネート樹脂製パネル計35枚から成る
3Dプリンターによる新たな仕上げ表現のもう1つが「トイレ4」。これも公募で選ばれた若手20組の1人が設計した。浜田晶則氏(浜田晶則建築設計事務所)だ。これは誰が見ても「地層」。木造のトイレ本体の周囲を3Dプリンターで仕上げた。仕上げは「土風」ではなく、本当の土が原材料。セメントは混ぜず、マグネシウム系の硬化剤を加えて強度を高めた。
「トイレ4」。大屋根リングの西側に立つ。工場で3Dプリントした土の外装パネル計56枚を木造本体に取り付けた。休憩エリアも3Dプリンターで施工した
3つ目の3Dプリンター建築は「森になる建築」。これは小さいながらも大手ゼネコンの竹中工務店による渾身のプロジェクトで、“未来性”が1段階上がる。構造体を3Dプリンターで施工した。しかも「酢酸セルロース造」という、誰も聞いたことのない構造である。
竹中工務店では2020年から2021年にかけてグループ従業員を対象に、万博パビリオンのアイデア提案コンペを実施。「Seeds Paper Pavilion(シーズペーパーパビリオン)」を最優秀賞に選んだ。3Dプリンターで施工し、使い終わったら森になるというアイデアだ。若手4人のチームが提案した。
コンペ段階では、ペースト状の紙を3Dプリンターで施工するアイデアだった。しかし、紙は3Dプリントできても雨に耐えられないとわかった。紙に代わる生分解の材料をいろいろ調べ、酢酸セルロースにたどりついた。酢酸セルロースは、非可食性植物由来のセルロース(植物繊維)と、天然にも存在する酢酸を原料として製造される半天然高分子。高い生分解性を持ち、環境と人体に優しい。聞き慣れない素材だが、家具などではこれを使ったものが出始めている。材料開発にはダイセルが協力した。
構造体は純粋に酢酸セルロースだけだ。壁の中に全部それが詰まっているのではなく、三角形の繰り返しによる“一筆書き”になっている。壺のようなかわいらしい形は、真ん中に3Dプリンターを置いてグルグルと一筆書きでつくりやすいからだ。
出力に要した期間は約3週間。その間、プリンターは24時間動きっぱなしだった。「24時間無休で施工できる」というのは3Dプリンターならではの強みといえるだろう。
「森になる建築」。場所は「静けさの森」の西側。設計・施工は竹中工務店。自社の技術研究所での実寸実験を経て、現地に3Dプリンターを持ち込んで施工した