日本経済の動向

日本経済の動向
2022年3月 No.536

グリーンやデジタルが揺り動かす今後の物価動向

昨年以降、世界各地で物価が上昇している。コロナ禍からの経済活動再開に伴う需要の急増や供給制約が主たる要因だが、気候変動対応に起因するエネルギー価格の高騰も足元の物価上昇を加速させている。そこで今回は、グリーン化に加えて、経済安全保障やデジタル化といった経済社会の構造変化が、今後の物価に対してどのような影響を与えるかについて解説する。

グリーン化は当面物価上昇圧力に

再生可能エネルギー(再エネ)が安定的かつ安価な形で供給されるまでは、グリーン化の動きは物価の上昇圧力となるだろう。太陽光発電や風力発電といった再エネは、天候次第の面があることに加えて、本格的な蓄電技術の開発・普及にもまだ時間を要する。こうした不安定な状態では、石炭や石油など既存の化石燃料に頼らざるを得ないが、将来的に価値を生まなくなる座礁資産化のリスクを懸念する企業や投資家は、むしろ同ビジネスを縮小するスタンスにあり、一時的な増産には及び腰だ。昨年には、欧州での風況の悪化による風力発電の不調が引き金となり、化石燃料の中でも低炭素な天然ガスに需要が集中して価格が高騰し、それが石油の価格にも波及するといった、いわゆる「グリーンフレーション」が発生した。

グリーンの分野における需要と供給の不一致は、その他の形でも物価の上昇につながりそうだ。例えば、大企業を中心にサプライチェーン(供給網)全体で脱炭素化を目指す動きが加速してきている中、CO2フリーなグリーン電力で製造した部素材や、グリーン電力自体に対する需要の高まりが企業のコストアップを招くことになろう。リチウムやアルミニウムなど、グリーン化を進める上で不可欠な資源の価格も上昇しそうだ。

一方、CO2の排出削減技術が未発達な状態で炭素税をはじめとするカーボンプライシングが導入されると、多くの企業ではコストアップとなり、その分が製品やサービスの価格に転嫁される可能性もある。グリーン化が物価上昇を引き起こすルートの列挙には事欠かなさそうだ。

経済安全保障の影響は備えのレベル感次第

今後物価上昇を招く可能性のある経済社会の構造変化としては、経済安全保障に対する意識の高まりもある。各企業はこれまでグローバルで最適な生産体制を目指して供給網を築いてきたが、ここに来てその見直しを迫る事態が複数生じている。その最たるものが米中対立の先鋭化だ。仮に両国が経済的に分断されることになれば、同じ製品でも供給網を別々に確保せざるを得なくなり、その分製造コストは上昇する。米中対立以外にも、新型コロナウイルスのような感染症や自然災害などで供給網が分断されるリスクに備えるには、部材の調達ルートを増やしたり、在庫を積み増したりするなどの対応が必要になる。また、各国経済や各企業にとって不可欠な部材・製品についても、安価な輸入に頼っていた状態から、自国・自社での生産に切り替えれば、その分コストアップとなろう。

どういったレベルで経済安全保障に備えるかによってコスト上昇のレベルは変わってくるが、物価の上昇圧力になることは間違い無さそうだ。

デジタル化による効率化は物価を引き下げ

デジタル技術やデータの活用を通じて、製造・物流・販売などの各プロセスが高度化・効率化すると、新たな付加価値を有する商品・サービスの登場に加え、既存の商品・サービスの価格も下がることが期待される。また、デジタル化は、グリーン化の実現を加速させたり、経済安全保障による非効率性の高まりを緩和させたりすることで、その他の構造変化に伴う物価上昇圧力を低下させる効果もある。半導体やIT関連サービスなど、デジタル化の推進に不可欠な一部の部素材やサービスの価格は上昇が見込まれるが、全体としてデジタル化は物価を引き下げる方向に作用するであろう。マクロ経済の面でも、デジタル化の進展に伴って生産性が高まり、それが人々の雇用機会を減少させることになれば、経済全体にデフレ圧力がかかることも、物価にはマイナス材料だ。

振れ幅が拡大する今後の物価動向に備えを

以上見てきたように、グリーン化などの構造変化の物価に対する影響が一様でないことに加えて、経済・金融市場の動きなど、その他さまざまな要素が複雑に絡み合って、物価変動の振れ幅はこれまで以上に大きくなっていく可能性が高い。各企業においては、こうした激しい物価変動を想定した経営体制やビジネス戦略が求められていると言えよう。また、今後の物価の乱高下に各経済主体が対応していく中では、生活様式の変容や新たな技術の登場など、非連続な変化も予想されることから、そうした動きをビジネスチャンスとして捉える視点も重要になりそうだ。

 

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