日本経済の動向

日本経済の動向
2021年11月 No.533

経済モデル間の新たな競争をもたらす「共同富裕」

中国の「金ぴか時代」が終わりを告げようとしている。習近平国家主席は、「豊かになれる者・地域から豊かになれば良い」(先富論)という段階から、「先に豊かになった者・地域が後進地域や低所得層を助ける」ことで中国全人民が共に豊かになる「共同富裕」を目指す段階へ、政策を前進させる方針を示した。そこで今回は、中国の共同富裕政策とその意義について解説する。

先富論の目指す先が共同富裕の社会

共同富裕とは、「全人民が共に豊かになること」を指す。中国では、1990年代以降、鄧小平氏が唱えた先富論が経済政策の基本コンセプトとされ、中央・地方政府は税制上の優遇措置や補助金によって「先富者」たる企業を長年にわたって支えてきた。先富論と共同富裕は相対立する概念のように聞こえるが、中国専門家である関志雄氏によれば、先富論は共同富裕を目指す手段に過ぎない。鄧氏は、1992年に行った有名な「南巡講話」において、「先に発展した地区が後から発展する地区の発展を助けて、最後にはともに豊かになる」(関氏)と共同富裕への道筋を示していた。

実は欧米にも同じ考え方がある。大企業や富裕層が富むように経済政策を運営すれば(=先富)、経済成長を通じて貧しい者にも自然に富が配分される(=共同富裕)という「トリクルダウン仮説」である。成長重視の政策によって格差問題はなくなるという考え方である。

格差拡大で先富論の限界が露呈

しかし、成長こそ格差是正の鍵とする先富論やトリクルダウン仮説は説得力を失ってきている。米国では、2021年3月末時点で、最も裕福な世帯上位1%が家計全体の総資産の25%弱を保有している。バイデン政権が「米国ファミリープラン」において、富裕層増税や中・低所得層に対する子育て支援や学費支援などの税制改革を掲げているのも、経済成長のみでは格差問題は解決せず、税や社会保障を通じた再分配政策が欠かせないと考えているためだ。

中国の格差は米国と比べても深刻なように見える。クレディ・スイスの調査では、所得上位1%に3割の富が集中しているといい、先富論に期待された共同富裕には程遠い。「共同富裕は中国の特色ある社会主義の基本原則であり、共同富裕の実現を中国共産党の重要な使命」と位置付ける習氏の下、8月17日に開催された党中央財経委員会は、共同富裕実現を強力に推し進める方針を発表した。その手段として内外の注目を集めたのが「第三次分配」である。第三次分配とは、市場経済を通じた労働分配率の向上を指す「第一次分配」、税・社会保障を通じた「再分配」に続くもので、企業や個人による自発的な慈善事業や寄付など、社会公益事業の促進を指す。

第三次分配は公平性と正義を促進する「温かな手」

第三次分配が内外で注目されたのは、第一次分配や再分配とは「概念の中身、分配に関わる者、分配の方向性などで明確な特徴がある」(人民網)ためだ。第三次分配では、公平性、公正性、正義という道徳面が重視され、大企業や富裕層に狙いを絞り、非先富者たる低所得層への分配が行われる。また8月17日の党委員会の方針には「違法な収入の取り締まり」という文言が添えられており、中国の大企業や富裕層を震撼させている面もある。

中国共産党による道徳重視の政策運営は分配政策に留まらない。小・中学生を対象とする学習塾サービス業の非営利化や、外国資本による教育ビジネスへの投資の禁止が打ち出されたのは、「高額な授業料が社会格差を助長する」との理由からだ。またプラットフォーマーの推奨アルゴリズムに対する規制導入の検討の背景には、ゲーム中毒や高額消費の誘導禁止、ギグワーカーを念頭に置いた労働者の権利と利益の保護などが含まれている。同規制は、サービス提供企業に対して高い企業倫理と公平性を求めている。

「共同富裕」で経済モデル間の新たな競争が幕開け

道徳と企業活動を結びつけようとする考え方は、日本企業にも馴染み深いものだろう。「日本の資本主義の父」とされる渋沢栄一は、ビジネスの在り方について次のように述べている。「多く社会を益することでなくては、正径な(筆者注:真っ当な)事業とは言われない。仮に一個人のみ大富豪になっても、社会の多数がために貧困に陥るような事業であったならば、どんなものであろうか」(角川ソフィア文庫版『論語と算盤』より引用)。現代のSDGs経営に通じる考え方であり、その意味で共同富裕政策もサステナビリティの発想に基づいていると言える。

欧米各国や日本が苦労しているように、成長と格差是正のバランスは容易ではない。それとも中国だけは成功を収めるのか(共同富裕に関する政府目標は2035年)。習氏の共同富裕政策は、成長と格差是正のバランスを巡る、経済モデル間の新たな競争の幕開けを告げている。

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