経済動向

経済動向
2021年5月 No.528

インフラ技術者は誰のために仕事をするのか

今回は、いつものようなトレンド紹介ではなく、土木技術者がインフラにどのように向き合うのかを考えるうえで有用な材料を提供したい。題材は、橋の劣化が引き起こしたトラブルだ。老朽化がもたらしたトラブルの事例からは、土木技術者に求められる姿勢が浮かび上がってくる。

近接目視点検を伴う定期点検の義務付けによって、橋の状態確認が進んだ。しかし、それほど劣化が進行していないと判定された橋で、大きなトラブルが発生する事例が散見されている。一例は、山口県が管理する上関大橋だ。1969年に完成したPC(プレストレストコンクリート)箱桁橋で、2017年度の定期点検では健全度が2番目に良好なⅡと判定されていた。

ところが次の点検を待たず、2020年11月に桁端部が跳ね上がって路面に段差が発生。その段差に衝突した自動車が損傷する事故を招いた。上向きの力が加わる桁端部に設けた鉛直PC鋼棒が破断していた点が原因で、コンクリート内への水の浸入が腐食を招いたとみられる。

桁や橋台に埋め込まれた鉛直PC鋼棒は、目視では劣化状況を確認できない。現状の点検の枠組みでの把握は難しい。2017年度に示された健全度は、精緻な点検ができないという前提であれば、妥当だったのだろう。

しかしこの橋では、実は15年前に反対側の桁端部で同じような鉛直PC鋼棒の破断が見つかっていた。この点を踏まえると、橋の管理者の取り組みに疑問が残る。

もちろん県は、15年前の鋼棒破断の発覚時に、2020年に破断が見つかったPC鋼棒の状態を確かめていた。ただ、当時は破断が見つからず、今回破断が確認された箇所では補強などを講じていない。問題がなければ対策は要らないが、定期的なPC鋼棒の健全度把握といった過去の問題に向き合ったリスク管理はできたかもしれない。過去の教訓の活用は、技術者に欠かせない姿勢だ。

過去の損傷情報を開示せず 縄張りからの脱却を

県の対応には、まだいただけない部分がある。過去に反対側の桁端部で同種のPC鋼棒の破断があった事実を公表していなかった点だ。インフラの老朽化問題を社会全体で考えるうえでも、積極的な情報開示は大切だ。日経クロステックがこの問題を報じた後、地元のメディアや県議会から問題として取り上げられる事態となった。

管理者からの情報公開という点でもう1つ引っかかった事例がある。舞鶴クレインブリッジの支承破損だ。橋脚上に配したピボットローラー支承が破損し、通行止めに至った。破損原因を調査したところ、破損したローラーの製造過程で問題があった可能性が高いと判明した。製品がリスクを抱えるのであれば、他の地域でも同種の製品を使用した橋を点検することが望ましい。

ところが、橋を管理する京都府舞鶴市は製品メーカーを公表していない。品質基準を満たしていた点やメーカーへの風評被害などを考慮したためだ。だが、同種のトラブルが別の橋で起これば、その橋も通行止めとなり、利用者の利便性を損なう。社会的な影響は大きい。

インフラのトラブルを公表する最大の理由は、利用者の安全や暮らしを守ることにある。多くのインフラ管理者は、管理対象の施設でトラブルが生じた場合に、「他の施設でも問題がないか確認し、同種のトラブルを防ぐ」と強調するだろう。しかし、ここでの確認は大抵、自らが管理する領域にとどまる。

だが、守るべき対象は県職員から見た県民、市職員から見た市民という“縄張り”に関係する人たちだけではない。他の地域で類似施設を利用する人も大切だ。情報を広く伝えれば、管理者の枠を越え、同種施設でのトラブルを防げる可能性が高まる。インフラ管理では、自分の縄張りだけを守る発想から脱却しなければならない。

桁端部の跳ね上がりによって自動車との衝突事故を起こした上関大橋
(写真:日経コンストラクション)

 

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