経済動向

経済動向
2020年7・8月号 No.520

大転換期を迎える治水技術

2018年の西日本豪雨や19年の東日本台風など、近年は広域で甚大な浸水被害をもたらす気象が続いている。地球温暖化の影響と考えられており、今後もこうした激しい気象への備えが欠かせなくなる。こうした状況を受け、浸水被害を防ぐための治水技術が大きく転換されようとしている。

これまでの河川における水害対策は、洪水を河道内に収める手法が原則であった。しかし、2019年の東日本台風によって河川の水が堤防を乗り越える越水が発生し、複数箇所で堤防が決壊した那珂川では、新たな治水施策にかじを切る。河道の流下能力を高めるだけでなく、洪水を河道から計画的にあふれさせる「流域治水」の施策も講じるのだ。

那珂川で検討されているのが、霞堤や遊水池だ。霞堤とは、開口部を設けた不連続の堤防で、水位が高くなった際に開口部から水をあふれさせる遊水効果と、上流で氾濫した水を川に戻す効果とを併せ持つ。民家のない箇所や氾濫原を中心に、設置場所を検討していく考えだ。遊水池を設ける箇所では、隣接する堤防よりもあえて低く造った越流堤から洪水を引き入れて、一時的に水をためるようにする。

さらに那珂川では、遊水地に新しい構造を導入できないか検討を進めている。「ハイブリッド型」と呼ぶもので、水位が上昇した際に河川から水をあふれさせる機能だけでなく、堤内地側で内水氾濫が発生した場合に、その内水を引き込めるような仕組みを持つ。

那珂川のような大きな河川で、流域治水を実施する場合、その影響範囲は広くなる。広域での流域治水を実現するための大きな課題は負担と補償だ。遊水池は、平時は農地などとして利用している。河川の水を引き込めば、下流の被害を軽減させるために上流に被害を強いる格好になる。そのための補償などが必要になってくるわけだ。関係する流域の自治体などが集まって、計画の内容を慎重に議論していく必要がある。

粘り強い堤防の導入も
嵐山には景勝地仕様の特殊堤

越流を前提とした粘り強い堤防の導入も検討され始めている。堤防は河川管理施設等構造令に基づいて、計画高水位以下の流水に対する安全性を持たせる構造物と定義されている。そのため、堤防決壊の主因である越水にはそもそも耐えられない構造になっているのだ。そこで国土交通省は、洪水時の越水や決壊の危険性の解消が短期的には難しい場所で、越水に強い堤防を採用する方針を掲げようとしている。

現段階で検討している対策の1つが、天端と法面の堤防表面をコンクリートブロックや遮水シートなどで覆う工法だ。15年の関東・東北豪雨を踏まえて天端と堤防の裏法尻を舗装やコンクリートブロックなどで保護する「危機管理型ハード対策」で実施しなかった裏法面の保護まで取り入れる。19年の東日本台風で決壊した千曲川の堤防で、こうした被覆型の構造を採用する予定だ。

他にも、堤防内部にコンクリートなどで強固な構造体を築く一部自立型という構造も検討している。実際に導入が進めば、これまでの土堤を原則としていた流れから大きく踏み出す施策となる。

景観と浸水対策を兼ねた特殊な堤防も生まれつつある。京都の観光地、嵐山を流れる桂川で整備が進む止水壁だ。桂川を管理する国交省淀川河川事務所が、豪雨でたびたび浸水被害を受けてきた渡月橋の上流部に、可動式の止水壁を設けることにした。全国で初めて採用する構造だ。平時は固定部に格納された扉体が洪水時に立ち上がる。電動で動くものの、人力でも引き上げられるようにしている。

 

 

 

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