日本経済の動向

日本経済の動向
2023年5月号 No.548

重要性を増す労働移動の円滑化

政府の「経済財政運営と改革の基本方針2022」(いわゆる骨太の方針)では、人への投資を通じて円滑な労働移動を促す方針が示された。少子高齢化に伴い労働人口が減少するなか、成長産業へ労働者がスムーズに移動できる環境を作ることは、わが国にとって重要な課題である。そこで今回は、労働移動の実情を確認したうえで、労働移動を促進するために必要な政策支援について解説する。

コロナ禍で落ち込んだ転職動向に回復の兆し

労働移動の指標である転職入職率(過去1年間の転職者や他企業からの出向者が労働者に占める割合)は、2000年代後半以降、10%前後でほぼ横ばい状態だった。コロナ禍では主にパートタイム労働者の転職減少を受けて8%台へ急低下したが、感染拡大による経済への影響が徐々に落ち着くに伴い、2022年には持ち直しの兆候がみられる。とりわけ、パートタイム労働者を除く一般労働者の転職入職率はコロナ禍前の2019年並みの水準まで回復し、足元では正規雇用を中心に労働移動が再び活発化しているようだ。

賃金上昇を伴う転職が徐々に増加

また、賃金上昇という労働移動の質の面でも徐々に改善がみられる。転職時に賃金が1割以上増加した人の割合は、バブル崩壊後の1990年代に急低下し、2000年代は底這いが続いたが、2010年ごろからコロナ禍前にかけて緩やかに上昇した。とりわけ20~29歳では、2019年に一時低下したものの、足元で急速に上昇し、2022年(上期実績)には38.1%と1991年以来の高水準を記録した。

2022年上期における転職の内訳をみると、20~29歳ではパートタイム労働者から一般労働者への転職だけでなく、一般労働者から一般労働者へ転職する際にも賃金が上がるケースが多い。内閣府の2019年の調査では、約8割の企業が若年層(~34歳)の人手について「不足・やや不足」と回答している。人材ニーズの強さを背景に、若年層では正規雇用を中心とする一般労働者で、転職時に賃金が上がりやすくなっているようだ。

成長産業への労働移動促進の必要性

こうした転職動向の回復は、政府が目指す産業間のスムーズな労働移動につながっているのだろうか。総務省の「労働力調査」により、他産業から過去1年間に転職してきた人が労働者に占める割合をみると、コロナ禍で落ち込んだ後、2022年時点では概ね底這い状態にとどまっている。全体としては、まだ産業間の労働移動は低調な状態と言えよう。

ただし、個別の産業では徐々に労働移動が活発化する動きが確認できる。例えば情報通信業では、2010年代以降、趨勢的に他産業からの労働者の流入が増加している。コロナ禍の2020~21年には一旦減少したものの、2022年には流入者数が7.3万人と、これまでのピークである2019年(7.5万人)に次ぐ水準になった。

情報通信業は、賃金水準が相対的に高く、かつ雇用者数が増えている点で、日本の産業の中でも特筆すべき存在だ。2021年における情報通信業の年間賃金(ボーナス含む)は約620万円と、全産業平均(約490万円)の1.3倍であった。給与水準が高い産業は他にも電気・ガス業、金融・保険業、学術研究・専門技術サービス業などがあるが、それらと比べ情報通信業は年間の雇用増加数が約15万人(2022年)と多く、雇用創出力が強い。また、内閣府の企業アンケート調査によれば、情報通信業の今後5年間の業界需要成長率見通しは年平均2.9%と、調査対象産業の中で最も高い。

このように、賃金水準が相対的に高く、かつ成長が見込まれる産業へ労働者の移動を促すことが、日本経済全体の成長力を高める一つの手段になると考えられる。

求められる公的なスキルアップ支援の拡充

情報通信業など、デジタル関連産業への労働移動を後押しするため、政府は「デジタル田園都市国家構想」の一環として、職業訓練政策におけるデジタル関連分野の拡充を進めている。具体的には、2019~20年度時点で年間4万人弱だったデジタル分野の訓練受講者・支援対象者数を、2024年度にかけて年間13.5万人まで増やす計画だ。

ただ、デジタル分野の職業訓練受講者の就職先をみると、情報通信業への就職は現状1割程度にとどまり、多くがサービス業などの事務職に就いている。高い専門性を身に付けて情報通信業へ就職する人を増やすには、デジタル関連の職業訓練の拡充・高度化に加え、座学と実地訓練を組み合わせて給与を得ながら腰を据えてスキルアップできる「デュアルシステム」の活用など、制度のテコ入れも必要だろう。労働移動促進に向けた政策支援の機運を一過性のものにすることのないよう、政府には長期的な視野で取り組むことが求められる。

 

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