日本経済の動向

日本経済の動向
2023年2月号 No.545

黒田日銀「異次元緩和」10年の功罪

消費者物価の上昇率がようやく2%台に到達し、黒田日銀総裁の2023年4月までの任期中に、政府・日銀が掲げる「2%物価目標」を達成する可能性が、わずかながらも出てきた。そこで今回は、黒田日銀の「異次元緩和」10年を振り返り、主に「物価の安定と金融システムの安定」という観点から、異次元緩和の評価ポイントを明らかにする。

「異次元緩和」の効果と副作用

日本銀行の黒田東彦総裁が、2023年4月8日に2期目の任期を終える。13年3月に日銀総裁に就任し、18年に異例の再任となった同氏の総裁就任期間は10年に及ぶ。

「デフレ脱却」を掲げた故・安倍晋三元首相の経済政策、いわゆるアベノミクスの根幹をなしたのが、黒田日銀による異次元の金融緩和だった。日銀による長期国債の大量購入や、株価指数連動型上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の買い増し、さらには短期金利のマイナス化と10年債利回りをゼロ%程度に誘導する「長短金利操作(YCC)」など、前例のない大胆な金融緩和を黒田日銀は相次いで打ち出してきた。

こうした異次元緩和は、賃金や物価の下落圧力を払拭し、景気を押し上げるとともに株高や円安を演出してきた。半面、金融市場の一部では異次元緩和に伴うさまざまな弊害(副作用)が生じているが、黒田総裁は「効果が副作用を上回る」として異次元緩和を長期にわたり継続している。

異次元緩和の評価は一様ではない

黒田日銀の異次元緩和に対しては、批判的な見方も少なくない。産経新聞社が22年8月に実施した民間エコノミストへの調査によると、黒田日銀の異次元緩和は100点満点で平均65点にとどまった。金利水準を長期にわたり低水準にとどめた結果、国債市場の流動性が低下した、経済の新陳代謝が阻害された、などの指摘がエコノミストから寄せられている。

一方、朝日新聞社の全国主要100社アンケート(22年12月)では、黒田日銀総裁を「大いに評価する」が3社、「ある程度評価する」が53社と、過半の企業が肯定的な評価だった。「あまり評価しない(4社)」「ほとんど評価しない(2社)」は少数にとどまっている。

一般に、異次元緩和の弊害は金融市場に表れやすい。産経新聞社の調査の民間エコノミストがいずれも金融機関に所属していることが、辛口評価につながったといえよう。

「日銀の目的」に沿って評価されるべき

異次元緩和への評価が、評者の立場によって異なるのはやむを得ない。もとより多くの国民の支持を集めることが、日銀に求められているわけでもない。場合によっては、多くの国民の痛みを伴う政策を発動せざるを得ない局面もある。

日銀の目的は、「物価の安定と金融システムの安定」と定められている。特に「物価の安定」に関しては、13年1月の政府・日銀の共同声明によって、「物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」と定められた。

2%物価目標は黒田総裁の就任前に決められており、その是非は異次元緩和の評価ではない。「2%の物価目標を達成したか」と「金融システムは安定しているか」の両面から、異次元緩和は評価されるべきものである。

黒田総裁の退任後にしか評価できない

22年に入り、消費者物価指数の前年比上昇率は月次ベースで2%を上回った。しかし日銀は、2%超の物価上昇率は一時的である可能性が高いとして、現時点(23年1月)では2%物価目標は達成していないと判断している。

実は22年より前にも、消費者物価指数の前年比上昇率が2%を超えた局面があった。異次元緩和の開始から1年後、14年4月から15年3月にかけての、いわゆる消費税率引き上げ局面である。当時は明らかに「一時的な物価上昇」だったと判断できる。これに対し22年は、消費税率の影響を受けずに消費者物価の前年比上昇率が2%を超えた、初めてのケースとなる。

黒田総裁の任期終了前に消費者物価の上昇率が2%を継続的に上回った場合、異次元緩和は成功したと評価されるべきであろうか。一般に、金融政策が物価に影響を与えるまでに1~2年のタイムラグがあるとされる。黒田総裁が退任した後、2%を「大幅に上回る」物価上昇率が継続した場合、日銀は急激な金融引き締めを迫られることになる。それは異次元緩和の失敗である。

日銀のもう1つの目的である「金融システムの安定化」には成功したといえるかもしれないが、将来の急激な金融引き締めが、金融システムの不安定化をもたらす可能性も否定できない。いずれにせよ異次元緩和の最終的な評価は、黒田総裁の退任後に持ち越しとなろう。

 

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