日本経済の動向

日本経済の動向
2022年10月 No.542

強靭化が急がれる企業のグローバル・サプライチェーン

コロナ禍や地政学リスクの高まりが、企業のグローバルなサプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしており、その強靭化が企業レベル・国レベルの双方で重要な課題として急浮上している。そこで今回は、企業のサプライチェーン再構築に当っての選択肢や留意点について解説する。

顕在化したリスクに国レベルでも対応を加速

企業のグローバルなサプライチェーン(供給網)を巡り、政策的な動きが活発になっている。2022年5月に米国主導で立ち上げられた「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み(IPEF)」では、サプライチェーンの強靭化が目玉施策の1つとなっている。米国では、重要物資である半導体の自国内生産を増強するため、500億ドル超の補助金を投じる法案が8月に成立した。日本でも、サプライチェーンの強靭化に資する各種施策が盛り込まれた「経済安全保障推進法」が5月に成立している。

グローバル化が進展する中、これまで先進国を中心とする世界各国の企業は、経済合理性の観点からグローバルで最適な生産体制を求めてサプライチェーンを構築してきた。しかし、ここ数年、地政学リスクの高まりによる突然の貿易制限措置の導入や、コロナ禍における人・物の移動制限、自然災害による生産活動の停止といった、サプライチェーンを脅かす想定外の事象が複数生じている。こうしたリスクに対処できるようグローバルなサプライチェーンを強靭化することが、企業レベルはもとより、その集合体である国レベルでも急務となっている。

生産拠点のシフトに加えて同志国との協働も

サプライチェーンの再構築においては、どのような選択肢が考えられるのか。安全性重視であれば、生産拠点を海外から自国に回帰させる「リショアリング」がある。国内で完結する形とすることで、国境を越える取引によって生じるさまざまなリスクを回避できるようになる。また、最終消費国の近隣地域での生産に切り替える「ニアショアリング」は、輸送コストの高騰リスクの低下に加えて、言語や文化の近さを生かせる場合もある。

一方、調達先や生産拠点を分散させる「多元化」は、コロナ禍で見られた、医療品のような重要物資を特定の国に過度に依存するリスクを緩和させる効果を有する。

さらに、価値観を共有する同志国との間で安全かつ信頼できるサプライチェーンを構築する「フレンドショアリング」も、国際的な機運が高まってきている。前述のIPEFは、インド太平洋地域において、自由や民主主義、人権尊重といった価値観を共有する国同士で、フレンドショアリングの土台を作ろうとする動きと言えよう。

これらに加えて、従来とは異なる前提も踏まえる必要がある。例えば、生産拠点の立地を決める際に重要な判断軸であった労働コストは、機械化・自動化の進展に伴ってその重要性が低下しつつある。また、脱炭素への移行過程にある中では、生産拠点の立地国におけるクリーンエネルギーの調達可否や、エネルギー価格の不安定化による輸送コストの乱高下にも注意が必要であろう。

リスク低下の副作用にも留意が必要

一方、それぞれの選択肢には留意点もある。例えば、リショアリングでは、安全性は高まる反面、海外を完全に排除することは経済合理性を欠く可能性が高い。特に自然災害が多い日本の場合、生産拠点を自国に集中することは、かえってリスクを高めることにもなりかねない。ニアショアリングでは、物理的な近さに加えて国同士の関係が近いことも重要だ。多元化では、分散に伴うコストアップが懸念される。フレンドショアリングでは、ASEANなどの新興国は、中国・ロシアとの距離感や、人権をはじめとする価値観が一様ではない点に注意が必要だ。自国の価値観を過度に押し付けると、新興国側が反発して思ったほどの成果につながらない可能性もある。いずれも、効率性と安全性のバランス・最適解を見つけ出すことが重要になろう。

強靭で持続可能なサプライチェーン構築の好機に

環境変化のスピードが一層加速していく中、デジタル技術を生かしてサプライチェーンの状況をリアルタイムで可視化するなど、変化に対応するための迅速な情報収集や一層の効率化の追求を可能とする体制構築も重要になりそうだ。また、サプライチェーン全体において、脱炭素化などの気候変動問題や、強制労働や差別の排除などの社会的な課題への対応が同時に実現できれば、よりレジリエント(強靭)かつサステナブル(持続可能)なサプライチェーンへと進化していく好機にもなると考えられる。他社のサプライチェーン再構築を自社のビジネス機会として捉える目線も含めて、変化の中で常にチャンスを狙う姿勢が一層重要になろう。

 

【冊子PDFはこちら

関連記事

しんこう-Webとは
バックナンバー
アンケート募集中
メールマガジン配信希望はこちら