経済動向

経済動向
2022年6月 No.539

米国の金融引き締めとインフレの行方

40年ぶりの高インフレに直面した米国の中央銀行が、金融引き締めを急ぎ始めた。利上げペースの加速と大規模な資産縮小を打ち出す米国の中央銀行に対して、金融市場には景気後退への不安がくすぶる。一方、ソフトランディングに留まる程度の引き締めでは高インフレの鎮静化に成功しない恐れがある。そこで今回は、米国の金融引き締めをめぐるポイントを解説する。

日本経済も揺さぶる米国の金融引き締め

米国経済は40年ぶりの高インフレに直面している。2021年半ばまでは、物流問題や原材料・部品不足など供給サイドの要因による「コストプッシュ・インフレ」であるとして静観していた米国連邦準備制度理事会(FRB)だったが、同年終盤以降は消費や投資などの需要の強さによる「デマンドプル・インフレ」の一面があることを認めざるを得ない状況となった。米国の労働市場は超売り手市場に変貌し、賃金・物価上昇のスパイラルリスクへの警戒も強まっている。そこでFRBは22年3月に利上げを開始し、先行きは1回の会合で0.5%の大幅利上げも辞さない姿勢を示すと共に、大規模な資産縮小も打ち出した。

引き締めを強化する米国の金融政策は、日本経済を揺るがしている。米国の金利先高観は、日本の国債利回りに上昇圧力を加え、為替市場では円安圧力を生む。加えて警戒が強まるのが、FRBによる急激な引き締めが米国の景気後退を招くリスクである。そうなれば外需依存度の高い日本経済が大きな影響を受けるのは必須だ。

米国経済のソフトランディング論

4月に入り、FRB内部ではロシアによるウクライナ侵攻がなければ、多くの参加者が3月の時点で0.5%の大幅利上げを提案していたことが判明した。また同じ頃、FRBの有力高官であるブレイナード理事が、そうした迅速な利上げと大規模な資産縮小によって「今年後半には米国の金融政策が緩和的スタンスから中立的なスタンスに近づく」と述べている。

引き締めを急ぐFRBだが、彼らが期待しているのは、物流網の正常化など、インフレの一因となってきた供給制約の緩和や、昨年の景気対策の反動などによって、インフレが自然体でピークアウトする姿である。金融政策が、そうしたインフレのピークアウトを後押しする黒子役に留まる限り、ソフトランディングは可能とみている。

ソフトランディング論の盲点

しかしソフトランディングへの期待には盲点がある。例えば、コロナ禍の収束がインフレ抑制的に働くとは限らない。経済活動が正常化すれば、労働需要は今以上に強まり、所得面から消費が一段と刺激されるかもしれない。また、サプライチェーン問題に苦しめられた企業は、コロナ禍前より多くの在庫を確保しようとし、そうした在庫復元によって景気が過熱するかもしれない。

最も悩ましいのは、「金融政策スタンスの変化とインフレの変化との間には弱い関係しかない」という長年の経験則である。今後のFRBによる引き締めが、自動車販売や住宅建設など、金利に敏感なセクターに悪影響を及ぼすことは間違いない。それによって、日本からの米国向け輸出も減速を余儀なくされるとみられる。

しかし、米国経済が多少減速する程度では、金融引き締めの目的である高インフレの鎮静化にはほとんど役に立たない。つまり、ソフトランディングが可能であればあるほど、インフレはむしろ高止まりし、結局、低インフレと低成長が併存する悪い均衡に陥ってしまう恐れがある。

賃金の高い伸びは強力な引き締めのサイン

需要の伸びが減速し、インフレも大きく低下するケースが全くないわけではない。それは景気後退である。コロナ禍前の三度の景気後退を振り返ると、いずれもインフレは大きく低下した。

短期間に大きなインフレ低下圧力を生み出す景気後退という「選択肢」は、物価安定と共に雇用の最大化を目標に掲げるFRBにとって、不名誉であり、かつ予測不能な事態を引き起こす危険性もある。しかし、2%のインフレ目標を掲げるFRBにとって、4%を優に超える高インフレの定着は全く許容できない。もしそうした高インフレの定着リスクが高まる状況になれば、「景気や雇用を犠牲にしても、インフレを抑制するためにはこれまで想定されている以上の強力な引き締めが必要」というメッセージが、FRBから発せられるようになるとみられる。

では、注意しておくべき米国の経済指標には何があるだろう。最も重要なのは毎月第1金曜日に発表される米国の雇用統計である。賃金が前年比で5%を超え続けたり、失業率が低下して3%に近づいたりしたら要注意だ。

 

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