事業承継

事業承継
2018年6月号 No.499

事業承継成功事例(事業承継の実現は現経営者の最重要業務)

藤原コンサルティング 代表 藤原 一夫
大手建設会社に30年勤務し、現場所長、内勤管理職を経て、藤原コンサルティングを設立。東京都、神奈川県等の中小企業再生支援協議会で建設関連の専門委員を務める。中小企業診断士・1級建築士・1級建築施工管理技士。一般社団法人建設業経営支援協会理事長。


第3回目となる今回は、事業再生と事業承継を同時に達成できた地場総合建設業の事例をご紹介させていただきます。また、第4回目では専門工事業者の事例をご紹介する予定です。
企業経営は絶えず新たな課題が発生してくるものなので、その課題への挑戦に成功しなければ、また過去の業績不振の経営状況に陥る可能性があることを認識しつつ経営者としての緊張感を絶えずもって経営にあたるようご指導させていただきました。

事例Ⅰの概要

地場総合建設業(土木・建築) 所在地:某所 歴史あるゼネコン(創業65年)の事業再生と親族への事業承継(4代目)

A建設(株)のデータ

事業再生・承継支援開始(平成20年)頃は、バブル崩壊後の建設不況がピークに達した時期で当時の社長及び専務は共に65歳、後継者の実質的な業務は経理担当(37歳)及び現場担当(32歳)でした。
当社の窮境原因は、当時の政権の「コンクリートから人へ」のキャッチフレーズで公共工事の急激な減少及び単価下落に適切な対応が遅れ、また、現場の設計変更への対応のまずさもあり、創業以来の大幅な営業赤字(▲8千万円)となってしまったことでした。
経営層、従業員等々の数度のヒアリング及びメインバンクの経営サポート部担当者様との打ち合わせの結果、経営層の年齢(65歳)及び経営環境の変化への適切な対応を長期的な視点で課題を決めて進める必要がある、等の認識から「事業再生」と「事業承継」を同時に実施する為の「事業計画書」の作成に着手することとなりました。
その結果、経営改善の課題及び事業承継の課題を次のように設定し実行していただきました。

経営改善の課題

① 管理会計の仕組みの構築(個別工事の的確な損益の把握)

課題 当社は、個別工事の利益管理が出来ていなかった。(不充分)及び経営層、経営幹部が経営情報を共有化できていなかった。

改善 管理者層が毎月の各現場の利益確保状況、営業の受注状況等経営情報を確認できた上で経営判断が出来るように改善した。(管理室の設置)

② 利益管理の徹底(原価の圧縮)

課題 大型工事等で実行予算の利益確保が出来ていない案件が多くあった。(工事進捗と並行して、利益率が低下して行く案件が多く存在した。)

改善 実行予算の早期作成と利益目標の設定の仕方及び外注業者の3社見積もりの徹底、及び管理室での一部購買業務の実施。毎月の現況報告会での利益管理助言等々

③ 固定費の削減

課題 工事量減少に伴う固定費の削減が出来ていなかった。

改善 定年に達した高齢社員給与の見直しの実施/経営者責任として役員報酬の減額/社有車の半減/資材置き場の集約と外部への賃借/若手技術者の給与アップ及び資格手当の支給

④ 営業戦略の見直し

課題 当時の社長の人脈及び地域での信頼等から仕事が来る「受身的な営業スタイル」であった。

改善 人的営業体制から組織的営業体制への転換:営業担当者の新規採用等建築工事部からリニューアルを分離し、リニューアル工事部を新設する。地域の民間工場等のリニューアル工事の積極的な開拓等

事業承継の課題

事業承継スケジュール表の作成(5年間H20.7~25.7)

課題 前経営層2人が担当していた「総務業務統括」「施工管理業務統括」「人事評価」「資金管理及び経理業務統括」を…

改善 子息2名へ21年10月~24年7月までに権限委譲し、且つ最終年度(25年7月期)に一人の子息を代表取締役に選任。(もう一人は専務取締役に選任)

結果 目標通り実施できた。前社長、専務はそれぞれ会長、相談役へ、2人の子息は社長、専務へ。

ある程度の時間を要したが事業承継のスタートがスムーズに実行できたポイント

①当時の経営層の理解
特に社内外から信頼感が高く、当社の全社員が会社の大黒柱と認めている社長の事業承継へのご理解と積極的(営業及び人事権等)協力があった事である。(今現在も縁の下の力持ちで当社の営業力を下支えしている。)

②事業承継者の資質と努力⇒自信へ
2人(37歳と32歳)の後継者が事業再生から承継の為の経営者教育の9年間の実践指導(当初半年は月2回、その後は月1回、臨時で見積もり業務、購買業務、人事評価、管理会計システムの構築と運用、等々)を受入、且つ分担し、実行できる能力を身につけることが出来た。経営者として当初思っていたよりも早く成長できたと言えます。
自分達(若手経営層、幹部社員)の挑戦・努力で、業績の改善を実現できたことが経営者としての自信に繋がり、営業担当の増員、新卒の採用、新規顧客開拓等により積極的な経営方針を立案⇒実行できるようになりました。

③リニューアル部新設及び運用へのベテラン社員の力
前社長のご理解とご指示もあった、と思われますが、55歳超のベテラン3人建築所長経験者が配属(最初は無言の拒否反応がありました。)され、営業から工事まで担当し、利益が少ない当初に、新設のリニューアル部が売上、利益、共に大きく貢献してくれたことは、事業再生の大きな原動力になりました。また、若い専務(32歳)が建築部を統括しやすくなったものと思われます。今現在は、リニューアル部の技術社員も倍増し、営業担当も協力し、当社の利益確保の柱になっています。

事業承継の完了までの懸念

今現在も現経営層の下支えとなっている会長(76歳)の存在はなお大きく、近い将来に企業経営より完全撤退をどのように実施するか、が後継経営者にとって大きな試練の時と思われます。週3日勤務にするとか、段階的な撤退もありますが、役割を限定(営業協力のみ)するとか、ある日を境に完全撤退を宣言するとか、いろいろあると思いますが、いずれにしても大きなリスクが伴うことは免れません。それがどれ程心配でもそれを承知の上で元気なうちに決断するのが、前経営者の責任と最後の仕事であると思います。(計画もなしに病気等による突然の撤退よりも承継経営層には、ストレスのより少ない完全承継となると思われます。)

事業承継完了後の将来への懸念について

持ち株については、経営層の親戚の1人が税理士の有資格者で当社の会計参与に就任していることから、あまりご指導できませんでした。中小企業の場合、経営者(社長)が2/3以上の株を取得し、最終決断をし易くしておくのがベストですが、当社の場合は一族経営の事もあり、4人約均等割合で所有していることが気になります。
価値ある企業の持ち株の問題では、大企業(大塚家具の問題等)、中小企業(港区の町工場の製造業等)の別なく、揉めることが多く発生している事例が見られます。税制の中小企業への特例措置があるうちに、会計参与の税理士と相談し、あまり時間を掛けずに社長への持ち株の集中化を実現する様、アドバイスさせていただきました。
前回、事業承継の手順をご説明させていただきましたが、今回の子息への事業承継でうまく運べた、と思われる案件でも多くの課題が残り、9年間の時間を掛けてもこの程度で、中々手順通りには進みません。しかし、経営環境の変化(経営者の高齢化、景気の変動等)は待ってくれません。出来るだけ本来あるべき「事業承継手順」を念頭に、事業承継を早めに始め時間を掛けて実現していただきたい!と思います。
(次回は専門工事業者の承継事例(従業員への承継)をご紹介する予定です。)

 

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