日本経済の動向
国際経済・政治環境の激変を意味する「米国の黄金時代」
トランプ大統領が就任演説で宣言した「米国の黄金時代」の到来は、事前の想定を超える規模や範囲にわたる高関税を伴うものとなった。貿易面のみならず、外交・安全保障面でも「米国第一主義」が貫かれ、国際秩序が米国自身の手で再編されようとしている。こうした現実を直視したドイツはすでに動き出したが、日本の立ち位置は脆弱である。今回は、トランプ下の国際情勢の変化と日本への示唆について解説する。
追加関税の嵐で幕が明けた米国の黄金時代
トランプ大統領は1月の就任演説で、米国の黄金時代の幕開けを宣言した。3月に発表された2025年の貿易政策方針に関する米国通商代表部(USTR)の文書では、「高賃金、雇用創出、技術革新、国防力の強化」の4つの恩恵をもたらす「製造立国アメリカの再生」を目指す貿易政策の推進が謳われている。
その核となるツールとして、トランプ大統領が追加関税を振りかざすことは大方予想されていた。しかしながら予想外だったのは、そのアプローチや守備範囲である。
事前には、「当初は低い関税率をかけ、段階的に関税率を引き上げていく計画を示すことで、交渉を有利に進めるのではないか」とみられた。しかし3月4日の中国、カナダ、メキシコへの追加関税では、いきなり20%あるいは25%の高関税を課してきた。かつて「The Art of Deal」(直訳は「取引という芸術」)というタイトルの自伝を書いたトランプ大統領の交渉術は、エコノミストが考えるほど決して甘くない。
関税を課す理由も貿易問題に留まらない。上記3カ国向けの追加関税は、不法薬物フェンタニルと不法移民の流入問題の解決を迫るものである。相互関税では、関税率や非関税障壁だけではなく、貿易相手国の付加価値税(日本なら消費税)などすらその理由となる。すなわち、日本企業なら輸出の際に国内で支払った消費税の還付を受けるが、米国には連邦レベルの付加価値税がないため、米企業には輸出に伴う税金の還付がない。当然のことであるが、トランプ大統領は外国の輸出企業に対する税還付の部分だけを取り出して、不公平だと言うのである。
不況到来をむしろ好機とみるMAGA派の脅威
高い関税率を課せば、貿易相手国の報復を招きかねず、貿易戦争が深刻化していく。そのため好調な米国経済といえども無傷ではいられず、実際、企業経営者や消費者の間には景気の先行きへの不安が高まっている。
合理的に考えれば「そんなバカな事はやらない」はずだが、トランプ大統領を支えるスタッフには、むしろ不況到来によって交渉が有利になると考えている節がある。MAGA(米国第一主義)派スタッフは、短期的な景気悪化を必要悪とみなし、その先に米国の復活があると強く信じているようだ。もしそれが事実なら、米国以外の国々は対米戦略を根本的に変える必要がある。
安全保障リスクの高まりで目覚めるドイツ
従来の常識が通用しない環境の変化は貿易政策に留まらず、外国の国家主権を揺るがす外交・安全保障問題にまで及んでいる。米国投資家連合によるパナマ運河の運営会社買収(従来の所有者は港湾オペレーターとして世界第4位の香港企業)、トランプ大統領のグリーンランド「購入」発言、ロシア・ウクライナ停戦合意に向けたウクライナへの露骨な金銭的要求とロシア寄り姿勢など、枚挙に暇がない。
国際的秩序が米国の手によって大きく再編されようとしている現実を直視し、動き始めたのが欧州、とりわけドイツである。ドイツは厳しい財政規律で知られてきたが、国内経済の疲弊と安全保障リスクの高まりを受け、憲法改正によって財政均衡ルール(いわゆる「債務ブレーキ」)を緩めることを決定した。国防力強化(4,000億ユーロ)とインフラ投資(5,000億ユーロ)のための巨額基金を設立する計画である。
主要先進国の中でもっとも脆弱な日本
トランプ大統領下の米国は、これまでとは別物の米国である。その黄金時代には、黙って恩恵を受けることはもはや許されない。成長を続ける(とMAGA派が信じる)米国市場から恩恵を受けるには、高関税という高い入場料を支払うか、米国内に生産拠点を移していくほかない。日本経済にとって、深刻な空洞化の圧力が高まっている。
中国はデカップリングへの対抗策として国内産業の「自立自強」を進めてきたが、その波が日欧にも迫ってきている。ドイツは動き出したが、債務水準がすでに高い他の欧州諸国や日本は容易には動けない。とりわけ資源に乏しい日本の立ち位置は極めて脆弱と言えるだろう。それが中国との交渉力の劣化も意味するとすれば、事態はさらに深刻である。
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