連載

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2017年10月号 No.492

かわいい土木 盆栽のように慈しまれる住宅街の“ぐるぐる”

重厚長大なインフラにあえて“かわいらしさ”を見出すこの連載、今回取り上げるのは「クルドサック(袋小路)」。東京・板橋の由緒ある住宅地、常盤台には5カ所ある。設置から80余年、住民たちが盆栽のように慈しみ、手入れしてきた日本のクルドサックの元祖を見に行った。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


私が「クルドサック」の存在を知ったのは最近のことだ。その語感の良さと、SNSに投稿された“丸い島”の写真に惹きつけられた。「なにこれ、ドボかわいい!」というわけで調べてみると―。
クルドサックはフランス語で「袋小路」の意味。住民以外の車の通過を防ぐために設けられるもので、突き当たりには転回用のスペースが設けられている。台形やループ道路のタイプもあるが、断然かわいらしいのはロータリー形式のもの。中心に丸い島状の緑地があり、住民の車や迷い込んだ車は、その周囲をぐるりと回って本道に出る。
日本では、東京の多摩ニュータウンや横浜のたまプラーザなどの住宅地にいくつかある。その元祖と言えるのが、戦前の昭和初期、1936年に分譲が開始された東京都板橋区「常盤台住宅地」のクルドサックだ。

常盤台住宅地のクルドサック。発祥はアメリカだが、日本にくればこのとおり、どこか盆栽的な風情が生まれる。

80余年の年月が刻む個性

東京・池袋から東武東上線で約10分のときわ台駅。駅前を抜け、閑静な住宅街の通りを脇道に入ると、前方に何やら不思議な植栽が見える。近づけば急に視界が開け、円形のスペースが現れた。クルドサックだ。地図上では、道の先がフラスコの底のように丸く膨らんでいる。
円の中心は、孤島を思わせる小さな緑地。枝ぶりの見事なアカマツが1本、足元にはこんもりとしたツツジ、ピンクの花をつけたフヨウ、リュウゼツランなどが所狭しと植えられ、あたかも巨大な寄せ植えの盆栽の様相。島を囲む道路の向かい側には、住宅が扇形に並んでいる。
常盤台1丁目、2丁目には全部で5カ所のクルドサックがある。大きさはさまざまで、植えられている草木の種類もそれぞれ。その個性が、このまちの80年余の歴史を示している。住民らしき年配の男性が、せっせと手入れをしている場面にも遭遇した。

道の先端がロータリーになっており、周りを囲むように住宅が配置されている。

5カ所のクルドサックはそれぞれに大きさや植栽が異なる。住民らしき男性が手入れをしていた。

参考案がまさかの実現へ

常盤台住宅地は、東武鉄道が沿線開発の第1号として分譲した高級住宅街だ。設計は内務省官僚だった小宮賢一。こうした官民連携の住宅開発は、当時極めて珍しかった。このあたりの事情は越沢明氏の著作『東京の都市計画』に詳しい。
同書によれば当時、区画整理の認可を受けるには、内務省のチェックが必要だった。当初計画が平凡な碁盤目割りだったことから、内務省は新人の小宮の研修を兼ねて参考案を描かせ、事業主の東武鉄道に再考を促そうと考えたらしい。
小宮が外国の都市計画の本などを参考にして作り上げたのは、環状のプロムナードやクルドサック、ロードベイ(道路沿いの修景緑地)を配した緑豊かな住宅地のプランだった。クルドサックは日本に前例がなかったため、自分で自動車会社からカタログを取り寄せ、車の転回時の軌跡を作図して大きさを決めたという。
面白いのは、後日談だ。参考案のつもりで描いた図面がどうなったかを小宮は知らなかった。区画整理が完了した常盤台を偶然訪れ、自分の設計したまちがそのまま実現したことに一番驚いたのは本人だったのである。

親しまれる「みんなの中庭」

今回の記事執筆の途中で、常盤台で育った友人がいるのを思い出した。クルドサックのことを聞いてみたが、通じない。袋小路のロータリーだと伝えると「それなら知ってる。同級生がそこの家に住んでいて、庭代わりによく遊んだ」と。
子どもたちから「○○ちゃんちの前」とか「ぐるぐる」と呼ばれたクルドサックは、車がほとんど入ってこないうえ、中央には植栽、最奥には細い路地があり、隠れんぼや鬼ごっこに最適だった。
住民から親しまれ、まちに緑の潤いを与えるクルドサック。残念なことに換地設計の面倒さや、宅地開発に行き止まり道路を認めない都道府県が多かったなどの理由で、日本ではほとんど普及しなかった。だが最近は、規制を緩和した自治体やミニ開発の住宅地で、少しずつ採用されつつあるようだ。もしかすると、あなたのまちの路地の奥にも、“盆栽のぐるぐる”が隠れているかもしれない。

中央に街路樹が植えられたプロムナード。

クルドサックの最奥には人が通り抜けられる路地が設けられている。

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