連載

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2017年7・8月号 No.490

かわいい土木 集落総出で掘り抜いた命のトンネル

土木構造物の魅力の一つに、スケールの大きさがあることは間違いない。けれども、その対極にある「小さくてかわいい土木」には、さらに胸が躍る。なぜならそこに、人間サイズを感じるからだ。豪雪地帯として知られる新潟県の山古志地区に、人力で掘られた隧道(トンネル)を見に行った。

Photo・Text : フリーライター 三上 美絵
大成建設広報部勤務を経てフリーライターとなる。「日経コンストラクション」(日経BP社)や土木学会誌などの建設系雑誌を中心に記事を執筆。広報研修講師、社内報コンペティション審査員。著書『土木の広報~『対話』でよみがえる誇りとやりがい~』(日経BP 社刊、共著)


山裾にぽっかり開いた大小二つの穴。小さいほうが今回の主役、中山隧道の坑口だ。魚沼市と長岡市の境にある中山峠を貫くトンネルである。

中山隧道(右)と国道291号中山トンネルの抗口が並ぶ。現地へは、上越新幹線浦佐駅から車でおよそ30分。

日本一の長さを誇る手掘りトンネル

中山隧道の断面は、高さ2.5~3m、幅2.3mとドボかわいらしい人間サイズ。拡幅前の貫通時はさらに小さく、高さ1.8m、幅1.2mの馬蹄形で、大人ひとり分のスケールだったという。
この隧道は昭和初期に、山古志地区小松倉の住民たちがツルハシ一つで掘り抜いたもの。労力を抑えるために、あえて最小限の大きさでつくったのである。私が乗ったタクシーの運転手は「ここはよく通るが、こんなものがあるとは知らなかった」と言っていた。確かに、中山トンネルを車で走り抜けたら、横にある小さな坑口は目に留まらないかもしれない。
しかし、見かけはプチでも延長は877mもある。中山隧道は、「日本一長い手掘りトンネル」なのだ。菊池寛の小説『恩讐の彼方に』の舞台として知られる大分県の「青の洞門」でも、トンネル部の長さは144m。その差は歴然だ。

豪雪による孤立に立ち向かう

なぜこれほど長いトンネルを人力で掘る必要があったのか。それは、この地が日本有数の豪雪地帯だからだ。
山に囲まれた小松倉集落からは、どの町へ出るにも峠越えが必須。集落には商店や病院はなかったので、最も近い小出町まで、標高400mの中山峠を越えて行かなければならない。積雪が4mを超える冬には、まさに命がけの道のりだ。病人を担架で医者に運ぶ途中、間に合わずに亡くなることもあったという。
「峠越えさえなければ」――。集落の人々の中からやがて、自分たちでトンネルを掘ろうという声が上がる。もともとこの地域には、新田開発で水を引くための横井戸掘りの技術が伝わっていた。だが、資金や労力の負担は横井戸とは比べようもない。集落の総会では意見が割れ、約60世帯のうち賛成派の約40世帯だけで1933年に工事を開始した。
当初は農閑期の冬だけに作業したことから、なかなか掘進しなかった。ようやく3分の1進んだところで戦争が激化し、工事は中断。戦後、県から補助金が出たのをきっかけに完成への機運が高まり、集落全員が協力して工事にあたった。こうして悲願のトンネルは1949年に完成。着工から16年の月日が流れていた。

坑内に、中山隧道をテーマにしたドキュメンタリー映画『掘るまいか』のパネルがあった(上)。内部の壁に今もツルハシの痕が残されている。

苦労とやりがい刻むツルハシ痕

中山隧道のおかげで人々は冬も命の危険にさらされることなく、安心して暮らせるようになった。自分たちの手で掘り抜いたトンネルへの愛着はいかばかりだったろう。長岡や小千谷に通じる道路が整備された後も、小松倉の住民たちは車のサイドミラーをこすりながら、この小さなトンネルを利用し続けたという。
工事の最中は、掘り進むにつれ酸素が薄く、息苦しくなった。加えて、膝をついた姿勢でツルハシを振るう重労働。ズリ出しだって人力では大変だ。それでも、辛い作業だからこそ、ただ辛いだけでは続かなかったはずだ。人々は集落のため、孫子のために、仲間と力を合わせてものづくりをするやりがいも感じていたのではないか。一日の仕事が終われば、抗口の鍛冶場の火を囲み、にごり酒を燗して互いの労をねぎらったという。
中山隧道は数年前、崩落の危険により通行止めになったが、小松倉側の抗口から数十mは見学用に整備されている。入ってみると外の暑さが一転、ひんやりと湿った空気に包まれた。壁に残るツルハシの痕から、水滴が静かに指を伝った。

隧道の中から抗口を見る。中へ進むほど空気が冷える。見学できる最奥部は霧に霞んでいた。

山あいに棚田が点在している。この地域には昔から田を開くときに自分で横井戸を掘り、水を引いていた。中山隧道より60年ほど前に掘られた「水路隧道」も近くに残り、現役で使われている(下)。

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