歴史資料

絵で見る江戸のくらし 17.百八十年前の大工道具

文・絵=善養寺ススム

百八十年前の大工道具

ヤン・ブロンホフの画帖。これらの道具がオランダに渡って、東洋学(日本学)の研究に用いられたもの。千葉県佐倉市の国立民俗博物館でも見られる

 今回は大工道具のお話でございます。イラストは文政年間(1818年~30年)に描かれた画帖の模写です。作らせたのは長崎・オランダ商館の館長を務めたヤン・ブロンホフです。本物はオランダのライデン国立民族学博物館にあります。ライデン博物館は当初「日本博物館」として、日本の工芸品などをコレクションしていました。後に、オランダ商館医のフィリップ・シーボルトによる五千点のコレクションが加わり、国立博物館になりました。
 江戸時代、大工は高収入の職でした。一日の手間賃はだいたい銀五匁(もんめ)で、銭にすると約五百文。一方、棒手振(ぼてふり)という荷物を担いで野菜などを売る者は、一日二百文くらいの稼ぎだったといいますから、倍以上でございます。現代の価値に直すと、一万二千五百円くらいですが、これは長屋の家賃一月分が一日働けば払えるくらいでした。
 一般に「宵越しの金は持たない」というのは大工のセリフです。それと申しますのも、百万都市江戸は、三日に一度は火事があり、三年に一度は大火災が町を焼きましたから、仕事には事欠きませんでした。もっとも、木造建築ばかりですから、火事がなくてもメンテナンスの仕事も事欠きません。一方で物を買っても、いつ火事で失っちゃうかわかりませんからね。
 当時の大工は、道具箱を担いで現場に赴き作業をします。その中身はどんなものだったのかが、この絵を見ると想像できますが、ひとりの大工がどんな道具を持っていたかはよくわかりません。おそらく、当時は作業が細分化されていて、必要な道具も職人それぞれ異なっていたことでしょう。
 これらは百九十年くらい前の物なので、現代では使われていないものばかりだろうと思ってしまいましたが、住宅の建築方法が大きく変化をするのは、高度経済成長期頃からですから、意外と今も使われる道具も多いようですね。試しに、インターネットで検索してみると、古い鉋(かんな)や鑿(のみ)がセットで数千円からオークションに出ているのを見つけられます。しかし、現存する道具の数が多くても、それを生産する職人やメーカーはどんどん減っているのが現状です。
 考えてみると、最も大きな変化は道具の種類ではなく、貴重さかもしれません。江戸時代には道具を大切に長く使いましたが、現代では電動になって、プラスチック製や使い捨て部品が多いですからね。
 こうした古い道具は仕事には時代遅れかもしれませんが「もしも自分が江戸時代に大工だったら」と想像して、集めてみるのも粋ですよね。やっぱり、道具ってのは職人の手元にあるのが一番イカしてますから。

 
善養寺ススム


1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など

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