歴史資料

絵で見る江戸のくらし 14.中級武士の屋敷

文・絵=善養寺ススム

中級武士の屋敷

中級武家の屋敷。決められた間取りはないが、玄関と次の間、表座敷、客用の厠。日常使う、奥の土間、奥座敷(茶の間)に納戸(寝室)、お勝手、奥の厠に風呂が一般的で、公私を分けて使われた

 今回のお話は、武家屋敷です。屋敷といっても身分によって規模は様々です。上は江戸の加賀藩邸の十万坪から、下は諸藩の下層武士の四十坪ほどまでと、だいぶ開きがございます。今回はやや小さい方のお話です。
 武家屋敷には、大小に関わらずひとつの形式がありました。それが《表と奥》です。 表は仕事の場で、奥は私的な空間です。お客が女性の場合でも、表向きの用であれば、表座敷へ、奥向きであれば、奥座敷へ、また身分の低い者はお勝手の土間(裏)や、庭先へ伺います。但し、武家でも未亡人宅や春日局のように女主の屋敷もありますので、基本的に性差で区別されているわけではなく、あくまでも公私でございます。
 は、とある藩の五十石〜百石程度の中級の武家屋敷を想定して描いたものです。では、このお屋敷を訪ねて見ましょう。
 来訪は前もって手紙か下男によって知らせておきます。表向きの用事で伺うのは、庶民の家にはない《玄関》です(晴れの行事以外は使わない家もあります)。玄関には土間があり、縁台か上框(あがりかまち)が設えてあるので、ここで太刀を腰から抜き、草履を脱ぎます。簡単な用事ならここへ腰掛けて話をすることもございますね。
 最初に通されるのは《次の間・中の間》などと呼ばれる小間です。ここは、略式の対面に使われたり、控え室に使われたりします。主賓はその奥の《表座敷》へ通されます。表座敷には床の間があり、表庭に面して縁台があります。縁台の奥には来客用の厠(かわや)も造られています。
 北向きの座敷なので夏でもヒンヤリとしていますが、開け放たれた障子の向こうに広がる庭が日に輝いて美しく、杜若(かきつばた)や牡丹(ぼたん)、皐月(さつき)などが座敷に向かって咲いて華やかです。
 現代の家は南向きに造るのが一般的ですが、武家屋敷は通りに面した方が《表》とされました。ですから、道が北側にあれば、玄関も表座敷も北を向き、表庭も北に作られました。
 平安時代までは、中国の様式に則って、表は南に向けられましたが、武士の時代になると変わってきます。それは東西南北どちらにも表を向けられる方が町は作りやすく、かつ、開かれた町ができるからでしょう。武家の庭は戦の際に出陣の準備の場所となります。通りに面した表庭はお互いに準備の状況が一目でわかるので、まさに武士ならではの家の造りと言えるでしょう。そのため、小さな屋敷の塀や垣根は一メートル程の高さだったそうです。また、普段でも来客の様子が分かるので、隠し事もできませんね。
 一通りご挨拶を済ませたころに、共通の友人がやって来ました。家人とは幼馴染みということで、場がくだけて「一杯やろうではないか」と言う話になりました。くだけた宴は表向きではないので、酒宴は《奥座敷・茶の間》に用意され、家族も一緒に食事を楽しみお酒に酔います。奥の座敷は日常家人が集う居間で、裏庭に面しています。こちらは、家庭菜園や実のなる木が植えられています。
 都会にはありませんが、地方では囲炉裏は武家屋敷でも一般的に用いられたそうです。縁側の前の土間は雪国の造りです。
 こうして、親しくなりますと、次回からは改まった用事以外は、玄関を使わずに表座敷の縁側や奥座敷の縁側へ伺います。
 と、こんな風に武家屋敷は造られ、使われておりました。

 
善養寺ススム


1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など

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