歴史資料

絵で見る江戸のくらし ⑨大名屋敷と表門

文・絵=善養寺ススム

大名屋敷と表門

 今回は江戸の大名屋敷のお話でございます。大名というのは一万石以上の領地を持つ武家を指します。
 その大名の数は、だいたい三百家ほどありました。つまりその数だけ大名屋敷が江戸にあったわけです。それも上屋敷、中屋敷、下屋敷、蔵屋敷と複数を持っておりました。中でも下屋敷は江戸郊外に作られ、広大でした。代表的なのは高遠藩・内藤家の下屋敷、新宿御苑で、広さは十七万六千坪もございます。
 しかし、極めて残念なことに現在、都内にはひとつも大名屋敷が残されていません。当時の面影を僅かに残すものは庭と表門だけです。その表門も現存するのは三つのみでございます。
 ひとつは、東京大学本郷キャンパスになっている、一番大名の加賀藩・前田家の門で、通称《赤門》と呼ばれるもの。ふたつ目は、鳥取藩・池田家上屋敷の門で、上野公園に移築保存されているものです。こちらは、《黒門》と呼ばれます。どちらも、門の左右に唐破風(からはふ)造りの番所があるもので、最も格式の高い門です。そして、門を赤く塗れるのは、将軍家の姫が嫁いだ家だけに許される特権でした。ですから、それ以外の大名屋敷の門は黒なんですね。赤と黒しかないのは、徳川治世らしい質素さです。しかし、江戸初期の門は、桃山文化を色濃く残した金飾りのある豪華さを競う派手なものでした。それが明暦の大火後に改められるようになったのです。
 最後のひとつは、太田区・下丸子の《寿福院 蓮光院》というお寺に移築された門で、こちらは片側に出格子番所が付く作りで、五万石以下の旗本屋敷の格式です。
 どの屋敷の門も、門前には広場が設けられています。これは、訪ねて来た武家の乗り物や、槍(やり)を持つ中間(ちゅうげん)、足軽(あしがる)などが待機するためです。身分の低い者は屋敷の中に入れてもらえないので、彼らは雨の日でも雪の日でも、主人の帰りを外で待たされます。ですから、そこにはおでん屋などの屋台が来たり、塀に小用のトイレが設けられたりしていて、さながら、ビジネス街にあるランチの屋台広場を想像させます。
 大名屋敷を訪ねて来るのは、用のある者だけではございません。二年に一度の参勤交代で単身赴任して来る藩士たちは、江戸に着くと翌年の帰国の旅まで、ほとんどの者が暇です。それで、江戸の武家屋敷の表門巡りや大名行列見学などをしていたと言われます。

大名小路の切り絵図(現代の東京駅の付近)
※敷地外の黒い■は辻番所

 頼りにするのは《切絵図(きりえず)》という地図と、《武鑑(ぶかん)》という家格や家紋などが書かれた武家図鑑です。右にある地図の絵は、当時の切り絵図の一部です。大名家の名前が右を向いたり、左を向いたりしていますね。これは表門を頭にして書かれているからです。家紋のあるあたりに表門がありますが、スペースの問題でどうしてもズレてしまう場合は、黒い■が描いてあります。これも、広大な大名屋敷ならではの工夫ですね。いざ、行ってみたら「表門は屋敷の反対側だった」なんて言うと、ぐるっと回るのに、十分や三十分は歩かされますからね。
 そんな広い大名屋敷の建物は見るだけでも、とても楽しいはずですから、是非、一軒でも復元をして頂きたいと思っています。お庭の残っている新宿御苑や、郡山藩・柳沢家の下屋敷だった六義園(りくぎえん)にあれば、東京を代表する人気観光スポットになると思いますし、それが日本全国の伝統建築を楽しむ基点になることも期待できるのではないでしょうか。

 
善養寺ススム


1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など

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